好きでしょ
突如として夜空に咲いた一輪の打ち上げ花火。その迫力に周囲の人々は歓声を上げる。
「わぁ……」
結菜が声を漏らした。
「たーまやー!」
澄香も無邪気に声を上げている。
最初の大きな花火が打ち上がったのをきっかけに、次々と色々な種類の花火が夜空に咲き誇る。
花火なんて久しぶりに見たけど、案外いいものだな。去年までは男たちと来ていたが、今年は女の子と妹と一緒。だから花火の見え方も違うのだろうか。
「まあ、知らんけど」
そんな独り言を呟きながら、俺はリンゴ飴を一口齧った。花火の音がうるさいので、独り言を言いたい放題だ。
「すごく綺麗……」
その声に隣を向いてみると、結菜はたこ焼きを食べるのを忘れて夜空を見上げていた。
ドンドン。花火が夜空に咲くたびに、結菜の顔が赤や緑に光る。瞳も花火を反射させるので、色とりどりに輝いている。
たしかに綺麗だ……。
花火ではなく、結菜の横顔に釘付けになる。
いつも見ているはずの結菜の顔。だけどこうしてよく見てみると、こんな綺麗で繊細な顔してたんだなと思い知らされる。
ぼーっと結菜の横顔を眺めていると、ふと彼女もこちらを振り向いた。
目が合った瞬間に、胸がトクンと高鳴る。ジワジワとした熱が体の内側から込み上げてくる。
彼女に触れたい。触れて彼女の体温を感じたい。そうするとすごく安心するから。
「なーにどうしたのさー」
花火の音に紛れながらも、結菜の声が耳に届く。
結菜はクスクスと笑いながら、こちらへと手を伸ばしてくる。その手は俺の顔に近づいて……優しく頬を撫でられた。何度か握った結菜の手の温もりを肌で感じて、ひどく安心してしまう。
「私のこと見てても楽しくないよ〜。せっかくなんだから花火見ないと……あ、それとも……」
結菜はそこで言葉を切ると、こちらにズイと顔を寄せた。一瞬、キスをされるのかと思った。けれども結菜は耳元に口を寄せて。
「私の方が花火よりも綺麗だった?」
結菜はそれだけを言うと、俺から顔を離した。
再びお互いの目が合うと、結菜は「なんてね」とおかしそうに笑った。
無邪気に笑う結菜が可愛い。今すぐに抱きしめてやりたい衝動に駆られたが、近くには澄香が居るためぐっと我慢をした。ただ、これだけは言っておきたかった。
「結菜の方が綺麗に決まってるだろ」
花火の音に掻き消されるくらいの声量で呟く。それに全く意図していないのに、拗ねているような声が漏れてしまった。
案の定、結菜は聞こえなかったのかきょとんとした顔を作った。けれどもすぐに顔をくしゃりとさせて笑いながら、俺の頭を乱雑に撫でた。
☆
「送ってくれてありがと〜。すごく助かっちゃった〜」
学校の最寄り駅にて。改札の前で結菜を見送る。
花火が終わったあとは帰る流れになったので、俺と澄香は結菜を駅まで送って来た。
「結菜ちゃん今度はいつ会える?」
すっかり結菜に懐いた澄香がそんなことを尋ねた。
「うーん、そうだな〜。今度は澄香ちゃんのおうちに遊びに行こうかな〜」
「うちに来てくれるんだ! やったー!」
「あはは。琉貴がいいって言ってくれたらね〜」
「ねえおにい。結菜ちゃん家に呼んでもいいよね!」
隣に立っていた澄香は俺の腕を握るなり、ブンブンと力強く揺らしてくる。
結菜を家に呼ぶのか……。家に女の子を呼ぶなんて……とも考えたが、もう結菜とは同じ部屋で朝を迎えたことがある。今更、家に招くくらいどうってことない。
「ああ、いいんじゃないかな」
俺が頷くと、澄香は「さすがおにい!」と歓喜の声を上げた。
「だってよ結菜ちゃん! 今度はうちに遊びに来てね!」
「やった〜。近いうちにお邪魔させて貰います〜」
「その時は一緒にゲームやろうね! ペケモンで対戦しよ!」
「いいよ〜。私ペケモン強いから負けないぞ〜」
「言ったね! アタシも絶対に負けないから覚悟しといてね」
結菜と澄香が話す『ペケモン』とはペケットモンスターの略で、幅広い年齢層に人気なゲームのことだ。育てたモンスター同士を戦わせることが出来るらしい。結菜と澄香はそのペケモンとやらにハマっているそうだ。
「あ、そろそろ電車が来る時間だ。二人ともここまで来てくれてありがとね〜」
スマホで時刻を確認するなり、結菜はこちらに笑顔を向けた。
「おう。また明日だな」
「そうだね〜。琉貴はまた明日〜。澄香ちゃんはその内かな〜」
「その内に絶対ね!」
「うん! それまで楽しみにしてるね〜。じゃあ二人ともまたね。バイバ〜イ」
結菜はこちらに大きく手を振りながら、やや急ぎ足で改札を通って行った。改札を抜けた結菜の姿は、人の群れの中へと消えて行った。
「ねえおにい」
結菜の姿が見えなくなると、澄香に声を掛けられた。
「どうした?」
「おにい、結菜ちゃんのこと好きでしょ」
「へ?」
突拍子もない澄香の質問に、一気に顔が熱くなっていくのが分かった。
もちろん結菜のことは好きだ。でもその『好き』と、澄香の言う『好き』は違う気がするが……顔が熱くなっているのはどうしてなのだろう……。
「な、ななな、なんでそんなこと聞くんだよ」
動揺をしているからか、今までにないくらい噛んでしまった。
「えー、だってさ」
澄香はそこで言葉を切ると、自らの頬に手を当ててうっとりとした顔を作った。
「あんな可愛い子が近くに居て好きにならないワケがないじゃん? あー、結菜ちゃん可愛いなぁ。あのぽわぽわしてる雰囲気が癒される……推し」
澄香は一人で体をクネクネとさせている。
うん……? もしかして俺が結菜のことが好きだという根拠は特にないのだろうか。ただただ結菜が可愛いから、俺が結菜のことを好きかもしれないと思ったのか……。
そういうことなら先に言ってくれ。未だに心臓がバクバクしてるぞ。まったくもう。
「バカ言うな。結菜はただの友達だ」
「えー、つまんないの」
結菜はただの友達。自分で口にした言葉なのに、チクリと心が痛んだ。しかしその痛みに気付かないフリをして歩き出すと、澄香も隣を着いてきてくれた。
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