あーん再び

「おにい! あっちに焼きそばもある!」


「琉貴〜、リンゴ飴食べた〜い」


「牛タンだって! 牛タン!」


「あ〜、肉巻きおにぎりだ〜、あそこも寄ってこ〜」


 余程お腹が空いていたのか、澄香と結菜は目に入った屋台に次々と寄って行った。

 もちろん荷物を持つのは俺なので、両手に下がるビニール袋の中にはパックに入った食べ物がパンパンに入っている。


「おいお前ら。もうそろそろ落ち着け。こんなに買って食い切れるのか?」


 ビニール袋の中に入っている食べ物は、もう五人前くらいはありそうだ。


「食べ切れる食べ切れる〜。もしもの時は琉貴が居るからね」


 結菜は「よろしく〜」とふざけた調子で付け足すと、持っていたリンゴ飴を齧った。パリッといい音が鳴る。


「そうそう! 男はおにいだけだから頼りにしてる!」


 結菜の隣を歩いている澄香もいい笑顔を浮かべている。結菜とお祭りに来れたのが嬉しいのだろう。ちなみに澄香の手にもリンゴ飴が持たれている。


「お前らなぁ……」


 全くこの二人は……俺も大食いな方ではないから、この量は食べ切れないかもしれない。でもまあ、食べられなかったら持ち帰ればいいか。

 結菜と澄香がきゃははと笑いながら会話しているのを微笑ましく思いながら、俺はスマホを取り出して時刻を確認する。そこには『十九時四十分』と表示されていた。


「あと二十分で花火始まるぞ」


「もうそんな時間なんだ〜。それなら早く場所取りしないとだね」


 結菜も自らのスマホで時刻を確認した。

 俺たちはその場で足を止めて三人で固まる。


「神社の方は混んでそうだから川の方行こ!」


「そうだな。川の方が人少なそうだし」


 そんな俺と澄香の会話を聞いて、結菜は「川?」と頭の上にクエスチョンマークを浮かべた。


「ここの神社の近くに川があるんだよ。その土手で花火を見るのが、この祭りあるあるだ。だよな澄香」


「そうそう! アタシも毎年川で見てるよ」


「そうなんだ〜。じゃあ今から川に行く感じだね」


「うん! いい場所取られない内に川へとレッツゴー♪」


 澄香は拳を突き上げながら、ルンルンな足取りで川へと向かって歩き出した。

 目に見えてはしゃいでいる澄香の後ろを俺と結菜が着いて行く。


「二十分前だから確実にいい場所は取られてるよな」


「ふふーん。そうだね。私も思った」


 澄香には聞こえないくらいの声量で、俺と結菜はそんなことを呟いた。


 ☆


 二十分前だからいい場所は取れないだろう。そう思っていた俺と結菜の考えは、川の土手に到着してすぐに否定された。

 どこかの家族が移動したからなのか、花火が見やすい特等席のような場所にぽっかりとスペースが空いていた。そこに澄香が持ってきたビニールシートを敷いて三人で座る。並び順は堀井兄妹が結菜を挟むようにして座っている。

 三人だと少しだけ狭いが、座れるだけマシだろう。


「あー、澄香ちゃんイカ焼きいいなー。私もイカ焼き食べたーい」


「いいよいいよ! 結菜ちゃんだから特別に一口あげよう」


「やった〜!」


「はい。あーん」


「あ〜ん」


 澄香が結菜にイカ焼きを食べさせてやってるのを横目に見ながら、俺はリンゴ飴を頬張っている。予想よりもサイズが大きかったのか、澄香が「もう飽きた〜」と言って俺に食べかけのリンゴ飴を押し付けて来たのだ。


「琉貴もご飯食べてる〜?」


 夜空を見ながらリンゴ飴をかじっていると、突然結菜に顔を覗き込まれた。その顔の近さに少しだけドキリとしてしまう。


「いや、食べてない。ずっとリンゴ飴食べてた」


「あはは。そうだよね。リンゴ飴って食べるのに時間掛かっちゃうから。でも甘いものばっかりで飽きちゃうでしょ。たこ焼きでよければ食べる?」


 結菜はそう言うと、たこ焼きの入ったパックをこちらに見せた。先程から結菜が食べていた、マヨネーズとソースがかかったたこ焼きだ。パックの中にはたこ焼きが五つ入っている。


「あー、じゃあ食べようかな」


 甘酸っぱいリンゴ飴の味に飽きていたところだ。ここらでしょっぱいものが食べたい気分だった。


「ほーい。じゃああーんして〜」


 結菜は割り箸でたこ焼きを掴むと、それを俺の口元へと近づけた。


「あーん……」


 俺は大きな口を開いて、結菜のたこ焼きを受け入れる。

 たこ焼きだから熱いかもしれないと思っていたのだが、もう冷めてしまっていてぬるかった。


「どう? 美味しい?」


「ああ、めちゃくちゃ美味しい。これ作った人天才だ」


 でも味はとてつもなく美味しい。ソースとマヨネーズがいいアクセントになっていて、中に入っているタコも大きい。


「え、おにいと結菜ちゃん、もしかして今あーんしてたの?」


 その声の方を向くと、澄香が驚きで目を大きくさせていた。何か見てはいけないものを見てしまったかのような顔だ。


「ああ、したけど」


「してたね〜」


 俺と結菜は正直に頷く。澄香はさらに目を大きくさせた。


「えっと……もしかして学校でもそういうことしてるの?」


「してるな」「してるね〜」


 学校での昼休みなんか、結菜がよくプチトマトを食べさせてくる。結菜はまだプチトマトを克服出来ていないからだ。


「え? ちょっと待っておにい。もしかしておにいって結菜ちゃんと付き合ってるの……? そ、そういえばお祭りの時も随分と距離が近かったような……」


「いや、付き合ってないな」


「そうそう。琉貴とはただの友達〜」


 戸惑っている澄香の質問に、俺と結菜は即座に首を横に振った。


「え……? じゃあどうしてあーんしてたの?」


 目を白黒とさせる澄香。

 俺と澄香は互いに顔を合わせて、不思議そうな表情を見せ合う。


「なんでって聞かれたってな。俺がたこ焼き食べたいって言ったからとしか言いようがない」


「そうだね〜。友達だからあーんしちゃダメってルールはないもんね」


「あーんくらい普通だよな」


「そうだね〜。普通だよ〜」


 だってもうキスを済ませたんだし。今更間接キスがどうのこうの言われたって、俺には何も響かなかった。

 澄香はイカ焼きを持ったまましばらく硬直すると、やがて納得したようにコクコクと頷いた。


「そ、そっか。アタシが異性の友達いないから知らなかっただけか。たしかに同性の友達とは普通にあーんするもんな……そっか……そうだよね……あーんくらい普通か……」


 澄香は自分に言い聞かせるようにして、何かをぶつぶつと呟いている。

 中学生の澄香には、俺と結菜のあーんは刺激的だったのだろうか。なんて考えていると、突如としてボンボンと頭上から破裂音が聞こえて来た。その音に顔を上げてみると、夜空には大きな花火が咲いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る