小麦色は褐色に
「本当に沢山の屋台があるんだねぇ」
「何か気になったのはあったか?」
「久しぶりに金魚すくいとかやってみたいかも〜。あ、でも帰り電車だからなあ。金魚持っておくの大変かも」
「あー、たしかに。その時は俺に預けてくれてもいいけど」
「そっかぁ。うーんでも取るからには自分で育てたいから今回は遠慮しておこうかなあ」
「そっか」
なんて会話をしながら、俺と結菜は手を繋いで屋台を見て回る。するとポケットに入っていたスマホがブルりと震えた。スマホを取り出してみると、澄香からメッセージが入っていた。
『遅くなってごめん! もうすぐで神社着く!』
どうやら澄香はもう少しで神社に到着するようだ。
「もうすぐで澄香が神社に着くって」
「おー、そうなんだ。じゃあ行ってあげないとね〜。澄香ちゃんに会えるぞ〜」
結菜は嬉しそうにニコニコと笑いながら、空いている方の手を天に向かって突き上げた。澄香と会えるのを楽しみにしてくれているようだ。
「ということで手離すぞ」
澄香と待ち合わせ間近ということは、手を離さなければいけない。しかし結菜は「えー」と言いながら、不満そうに繋がっている手をブンブンと振った。
「もう少し手繋いでたいよ〜」
そんなことを言いながら、結菜は拗ねたように唇を尖らせた。
俺と手を繋いでいたいのか……なんて可愛いことを言ってくれるんだ。
もしも澄香に結菜と手を繋いでいるところを見られたら恥ずかしいんだよな……とも思ったが、まだどうせ澄香は待ち合わせ場所に着いていないだろう。
「じゃあ鳥居のとこまでな」
待ち合わせ場所である鳥居までなら、手を繋いで行ってもいいと思った。そのあとは何食わぬ顔をして、澄香のことを待てばいいんだし。それに俺もまだ手を繋いでいたかった。
「やったー! 琉貴ったら話が分かる〜」
結菜がぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。どちらからともなく、繋ぐ手にぎゅっと力が入ったのが分かった。
☆
「それでねー、お母さんってば洗濯機回すの忘れてて、私が寝る前に気付いたんだよ〜。これじゃ明日着る体操着がないじゃんって」
「まじか。洗濯出来なくてどうしたんだよ」
「そのあと私がお母さんの代わりに洗濯したんです〜。寝るのが夜の一時とかになっちゃって大変だったよ〜」
「それは大変だったな」
俺と結菜は適当な世間話をしながら、人が混み始めて来たお祭りの中を歩いて行く。目の前にある階段を登れば、待ち合わせ場所の鳥居だ。
俺たちは手を繋いで、提灯が光る階段を上って行く。
「あれ、おにい? 結菜ちゃんも! おーい!」
結菜と話をしながら歩いていると、頭上から聞き覚えのある声が聞こえてきた。ドキリとして上を見上げると、階段を上り終えた場所にある鳥居の下には浴衣姿の澄香がこちらに向かって手を振っていた。
その妹の姿を目が捉えると、俺と結菜は静電気でも起こったかの如く慌てて手を離した。
「あれ? 今、手繋いで──」
「お、おう澄香! 浴衣似合ってるな!」「澄香ちゃん久しぶり〜!」
俺たちも階段を上り終えて、鳥居の下までやって来た。
澄香は何かを言いかけていたが、手を繋いでいたことを指摘をされる前に二人で言葉を遮っておいた。上手く誤魔化せただろうか……と思っていると、澄香はその場でくるりと回った。
澄香の髪は今日もツインテールだ。花柄で水色の浴衣を着ている。
「でしょでしょ! 去年買った浴衣があったから引っ張り出したんだー」
浴衣を褒められた嬉しさで、澄香はすっかり俺たちが手を繋いでいたことは忘れたらしい。よかったよかった。
「澄香ちゃん浴衣似合ってる〜。それに肌もこんがり焼けたね〜」
「結菜ちゃん会いたかったー! そうなんだよ〜。部活で焼けちゃって最悪」
「いいじゃんいいじゃん。澄香ちゃん日焼け似合うタイプだから〜。なんかスポーツマンって感じ〜」
「そうかな〜。でも結菜ちゃんがそう言ってくれるなら信じる!」
「おうおう〜。素直で可愛い妹よ〜」
結菜は大きく腕を広げて澄香に抱きつく。抱き着かれた澄香も満更でもなさそうに、「わー」と声を上げながら抱きしめ返している。
結菜の言う通り澄香はまたも日に焼けた。前はこんがり小麦色だった肌が、夏休みを開けた今では褐色肌になっている。
「ねえおにい! 早く屋台見て回ろう! もうお腹空いちゃって」
「いいねいいね〜。私もお腹空いたから屋台で夕ご飯買う〜」
抱き合っている二人はそんなことを言って、こちらを見上げた。二人ともいい笑顔だ。
「じゃあ屋台見て回るか。あ、花火は何時からだっけ」
「花火は二十時から! あと一時間もない!」
「そうか。じゃあ花火見ながら飯食べる感じにしよう。それまでは花火見ながら食べたいものを屋台で選んでさ」
その俺の提案に、結菜と澄香は「賛成〜」と声を揃えた。
「ねえおにい! 最初にイカ焼き買いたい! あっちの方にあったから来て!」
澄香は結菜から離れると、「こっちこっち!」と境内に並ぶ屋台の方へと歩いて行った。
「おい。一人で歩くと迷子になるぞー」
なんて注意をしてみても澄香の耳には届いていないのか、近くにあったイカ焼きのお店に一人で並んでいた。
「ふふっ。手繋いでるのバレるところだったね〜」
隣に立っていた結菜は口元に手を当てながら、こちらにニヤニヤ顔を向ける。
「ギリギリアウトだっての」
俺と結菜が手を繋いでいることに、澄香は気付いたみたいだったもんな。もちろんアウトだ。
だから俺は手を繋ぎたいと言い出した犯人の頭に、軽くチョップを入れておいた。しかし結菜はなぜだか嬉しそうに、「いだぁ」と声を漏らしたのだった。
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