彼女はただの友達

「わぁ……すごい人〜。地元のお祭りって感じでいいじゃ〜ん」


 神社の近くに到着した。神社前の通りには、ずらっとお祭りの屋台が並んでいる。ぼちぼち暗くなってくる時間だが、祭りを楽しむ私服や浴衣を着た人達の姿がまばらにあった。


「意外と大きい祭りだろ?」


「そうだね〜。神社で開かれるお祭りって聞いてたから、もっと小規模なのかと思ってたよ〜」


「夜には花火も上がるんだよ。まあデカい祭りみたいにド派手な花火じゃないけどな」


「えー、いいじゃんいいじゃん。今年花火見てないなって思ってたんだぁ」


 俺は結菜と並んで喋りながら、お祭りで賑わう通りを進んでいく。澄香との待ち合わせ場所である、神社の鳥居の下へと向かっている。

 結菜とわいわいと会話を楽しんでいると、ポケットに入っていたスマホがブルりと振るえた。スマホを取り出してみると、画面には澄香からのメッセージが表示されていた。


『ごめんおにい! 浴衣の着付けに苦戦してたから家出るの少し遅れる!』


 中学生の澄香は俺よりも早く学校が終わっていたらしく、一旦家に帰って浴衣を着てから待ち合わせ場所に来る予定だった。しかし浴衣の着付けに時間が掛かり、少し遅れてくるようだ。


「どうしたの〜? 澄香ちゃんから?」


 結菜は首を傾げながらこちらを見上げた。


「ああ、ちょっと遅れてくるらしい」


「そうなんだ〜。大丈夫かな」


「事故とかじゃないから大丈夫。ただ浴衣の着付けに苦戦してるんだって」


「そっか〜。なら安心だね〜」


 本当にホッとしたのか、結菜は自分の胸に手を当てながら笑顔を作った。

 友達の妹のことまで心配してくれるなんて、結菜はとことんいい子だ。


「でも今から待ち合わせ場所に行っても待つようだな。ゆっくり屋台でも見て回ってるか」


「そうだね〜、賛成〜」


 結菜も賛成してくれたので、俺たちは歩くスピードを少しだけ緩めた。

 こうやって歩みを遅くすると、左右に並ぶ屋台をよく観察することが出来る。りんご飴。焼きそば。イカ焼き。射的。水風船。などなど、沢山の屋台がある。


「ねえねえ琉貴。あれ見て〜」


「ん、どこだ?」


 何か気になる屋台でも見つけたのだろうか。結菜が指をさす先を見てみるとそこには、フライドポテトの屋台があった。


「ポテト食べたいのか?」


「そういうことじゃなくて。ポテトの屋台に並んでる人」


「並んでる人?」


 クラスメイトでも居たのだろうかと思ったのだが、ポテトの屋台に並んでいる人は二十代くらいのカップルだった。


「知り合いか?」


「ううん。全く知らない人〜」


「なんだそれ。知り合いかと思ったじゃねえか」


「そういうことを言いたいんじゃなくて〜、カップルさんの手をご覧ください」


「手ぇ?」


 俺は言われるがまま、カップルの手に視線を向ける。カップルの手は仲良く恋人繋ぎされていた。


「手繋いでるな」


「そうなの〜。ほらほら、他にもあの人と……あの人とあの人も! じゃがバターに並んでるカップルも手繋いでる!」


 結菜は興奮した様子で、手を繋いでいるカップルを次々と指さして行く。


「手繋いでるカップルなんて珍しくもないだろ」


「ちーがーうーのー。珍しくて指さしてるんじゃありませんー」


「じゃあなんだよ──って、あぁ……なるほどな」


 そこでようやく結菜の言いたいことが分かった。

 結菜は「ついに分かった?」とニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる。このニヤニヤ顔が答えだ。

 だから俺は結菜へと手を差し出す。


「手、繋ぎたいんだろ?」


 そう言ってみせると、結菜の顔色がぱーっと明るくなった。結菜は嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねながら、差し出されていた俺の手を握った。


「さっすが琉貴〜、私の言いたいことが分かるなんてすっごーい」


「そりゃああれだけ手繋いでる人見せられたらな。さすがに気が付くわ」


「ふふふ〜。嬉しい〜。久しぶりの琉貴の手だぁ」


 頬を綻ばせながら、結菜は繋がる手を見下ろした。すっかり馴染みのある結菜の手。もう前みたいに手を繋いだ時の緊張はなくなっていた。


「でも澄香と合うまでだからな? さすがに妹の前で手を繋ぐのは恥ずかしいから」


「うんうん。分かってるよ〜。それに私たち友達同士だもんね。付き合ってるって勘違いされちゃう」


「そういうことだ。だから手繋ぐのは澄香が来るまでな」


「らじゃ〜」


 額に手を当てて、結菜はゆるーく敬礼のポーズを取った。そんな彼女と手を繋ぎながら歩き出す。


「これで私たちもカップルだと思われるかな〜」


「そりゃあ思われるだろ。手を繋いでたらカップルにしか見えないよ」


「ふふーん。そっかそっかー」


 ニコニコ笑顔のまま、結菜はゴキゲンな様子でいる。カップルに見られるのがそんなに嬉しいのだろうか。


 でもたしかに、俺たちはカップルにしか見えないよな。同じ制服を着ていて手を繋いでいるのだから、明らかに学生カップルだ。

 しかし蓋を開けてみれば友達同士……のはずなんだけど、もう手を繋いだしキスもした。これはもう立派なカップルなんじゃないかと思うけれど──


「あ〜、りんご飴ある〜。帰り際に買って行こうかな〜」


 手を繋いでいる結菜はのほほんとした雰囲気で、色々な屋台を観察しながら歩いている。

 きっと結菜は俺のことをただの友達だと思っているんだろうな。彼氏だと思われていないことは、なんとなく伝わってくる。

 やっぱりカップルになるには、告白とかしないといけないのだろうか。結菜に告白か……いやいや、俺は手を繋いだくらいで何を勘違いしているんだ。結菜はただの友達。ただの友達だ。


「あれ? 琉貴じゃね?」


 カップルだとか友達だとかを考えていると、突然声を掛けられた。足を止めてその声の方を振り向いてみると、同い年くらいの男四人組が立っていた。その顔を見た瞬間に、胸の底から懐かしさが込み上げてくる。


「ジュ、ジュンキ! それにタクミとリョウとアツキまで! 久しぶりだな」


「おう」「おっす」「久しぶり!」「めっちゃ久々!」


 その四人組の男の正体は、中学生時代に同じテニス部に所属していた友達だった。

 そうか。ここは地元のお祭りだから、中学生時代の同級生に遭遇するのは当たり前だよな。


「お前も元気そうだな──っておいおいおい! お前、そのかわい子ちゃんは……?」


「かわい子ちゃん……?」


 驚愕の顔を作っているジュンキの視線を辿って行くと、そこには笑顔の結菜が居た。みんなから視線を受けて、結菜は「どうも〜」と頭を下げた。

 久しぶりの友達との再開に感動しすぎて、手を繋いでいる結菜のことを忘れていた。


「こ、これはだな……その……」


 友達四人はざわざわとしながら、驚きの顔を浮かべている。

 コイツら絶対に結菜のことを俺の彼女だと思っているよな。もう手を繋いじゃってるんだし。これでただの友達だって言っても説得力はないか。


「み、見て分かるだろ。そういうことだ」


 だけども嘘をつく気にはなれなくて、結局どっちつかずな返答をしてしまった。


「まじかお前!」「女っ気のないお前が!?」「こんな可愛い子と!?」「何がどうなればこんな可愛い子と!」


 案の定、友達四人はめちゃくちゃ驚いている。

 絶対に勘違いしているだろうが、俺はとりあえず胸を張っておく。なんか気持ちがいいし。


「わ、悪かったな。デートのところ引き留めて。彼女なしの俺たちは退散するわ」


「お、おう。ジュンキたちも元気でな」


「琉貴も彼女と上手くやれよ!」


 ジュンキはそう言い残すと、友達と人混みの中に消えていった。

 とりあえず一件落着。俺は「ふう」と息を吐く。


「ふふふふふ。彼女だってぇ」


 口元に手を当てながら、結菜は嬉しそうにニヤニヤとしている。


「こ、これはあれだ。あの場では結菜のことを友達だって言い出せなかったって言うか……」


「ふふふ〜。分かってるよ〜。手繋いだままだったもんね〜。ただの友達だとは言えないか〜」


「そ、そういうことだからその……悪かったな。結菜のことを彼女みたいに紹介しちゃって」


「ううん〜。全然気にしてないからいいよ〜。むしろ──」


 そこまで言うと、結菜は不自然なタイミングで口を無理やり閉じた。かと思えば、結菜は満面の笑みをこちらへと向けた。


「やっぱりなんでもなーい。ほらほらー、早く屋台見て回ろうよ〜」


 結菜は俺の手を引っ張るようにして歩き出す。


「お、おい。待てって」


 急に手を引かれたことに驚きながらも、俺はなんとか結菜の横に並ぶことが出来た。

 結菜が何を言いかけたのかは全く分からないが、繋がる手が熱を帯びたことは確かだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る