ぐしゃぐしゃ

 温泉から上がった俺たちは、下の階の大広間で夕飯を食べたのち自分たちの部屋に戻って来た。


「わーい、一番乗り〜」


「そんなにはしゃぐと怪我するぞー」


 部屋に到着するなり靴を脱ぎ捨てて、結菜は浴衣を揺らしながら駆け足で部屋へと向かって行った。

 俺は玄関で自分の靴と結菜の靴を揃えてから、ようやく部屋へと上がる。すると目の前では、結菜が主室に入ろうとしたところで足を止めていた。


「どうした? 入らないのか?」


 固まっている結菜を不審に思いながら、彼女へと近づいてみる。すると結菜はぎこちない動きでこちらを振り向き、主室のある場所を指さした。


「琉貴……あれ……」


「あれ?」


 結菜の指先を辿って行くと、さっきまでローテーブルが置いてあった場所には二つの布団が敷いてあった。ローテーブルは部屋の端に寄せられているだけで、何も不審な点はない……と思ったのだが、すぐに異変に気がついた。


「なん……だと……?」


 なんと敷いてある二つの布団が、仲良くぴったりとくっつけてあるのだ。それを目が捉えた瞬間に、俺の顔は段々と熱を帯びる。


「これ……どうする……?」


 結菜は頬を桃色に染めながら、俺の顔を見上げた。その上目遣いにもドキリとさせられる。

 恐らく女将さんが俺たちのことをカップルだと勘違いして、布団をピッタリとくっつけたのだろう。


「そ、そうだな……」


 この布団をどうする……か。もちろん俺と結菜は友達同士なので、二つの布団を離すのが普通だろう。でも仲良くピッタリとくっついている布団を見ると、わざわざ離すのも寂しい気がする。

 でも「このままにしよう」と言うのは、さすがに気持ち悪いよな……。いやでも、冗談ぽく「このままでもいいんじゃない?」と言ってみるのもアリかもな……。もしも微妙な反応をされたら、「冗談だから!」と誤魔化せばいいんだし。よし、そうしよう。


「あー、俺はこのままでもいいけどな」


 うわ。全然冗談ぽく言えなかった。むしろガチ感が出てしまったかもしれない。

 結菜は俺の言葉に体をピクリとさせる。やっぱり嫌だっただろうか。これは冗談だと言って誤魔化すしかないな……と思っていると、こちらを見る結菜の頬が緩んだ。


「うん。私もそう思う」


 そしてコクリと首を縦に振ったのだ。

 その一連のしぐさに、俺の心臓は鼓動を早くする。


「ほ、ほんとに……?」


「うん。ほんとだよ。琉貴は冗談だったの……?」


 結菜は眉を八の字にして悲しそうな顔を作る。その表情を見た直後、俺は勢いよく首を左右に振っていた。


「いやいや! 冗談じゃない冗談じゃない!」


 結菜だけは悲しませてはダメだ。その思いで必死に首を横に振ると、結菜の頬は次第に緩んでいった。


「そっか〜。よかった〜。それじゃあ今日は一緒に寝ようね!」


「ああ、そうだな。一緒に寝るか」


「やった〜。今日は琉貴と一緒に夢の中へ〜」


 すっかり結菜はご機嫌になったようで、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねた。かと思えば結菜は勢いそのままに、「ダ〜イブ」と言いながら布団にダイブした。おかげで布団はぐしゃぐしゃだ。

 でも結菜がはしゃいでいるのを見ると、こちらまで楽しい気持ちになる。


「まだまだ元気が有り余ってるみたいだな」


 結菜が布団の上で寝転がっている横に、俺は腰を下ろして座る。


「んふふ〜。温泉で体力が全回復したのだ〜」


「そんなゲームみたいなことあるのか」


「あるんです〜。今日の夜は長くなるよ〜。琉貴と一緒にマリコパーティーするためにゲーム機持って来てるんだ〜」


「まじか。お手柔らかに頼む」


「しょうがないな〜。まずは十五ターンからにしてあげよーう」


 結菜はケタケタと楽しそうに笑った。その笑顔に俺の胸はじんわりと温かくなる。

 ああ……やっぱり結菜の笑顔は可愛いな……と思っていると、俺の手は無意識に結菜の頭へと伸びていた。そしてそのまま、ポンポンと彼女の頭を撫でる。


「ふぇ……?」


 突然頭を撫でられた結菜は、ボンと音が鳴りそうな勢いで顔を真っ赤にさせた。そこでようやく自分のしたことに気が付き、俺は慌てて手を引っ込める。


「ご、ごめん……! 結菜の笑った顔を見てたら頭撫でたくなって……」


 素直に白状すると、結菜は恨めしそうな顔をしながら起き上がった。俺の目の前にちょこんと座ると、結菜は真っ赤な顔のまま不服そうな目をこちらに向ける。


「……いきなりだったからドキドキしたんですけど」


 ムスッと片方の頬を膨らませながら、結菜はそんなことを口にした。どうやら怒っているようだ。


「ご、ごめんって……無意識だったんだよ」


「ふーん。無意識で女の子の頭撫でちゃうんだ〜」


「いや……これは結菜が相手だったからで……他の人にはしないって言うか……」


 その俺の言い訳に結菜はピクリと反応した。


「私以外にはしないの?」


「あ、ああ。しない」


「どうして私以外には頭ナデナデしないの?」


「そ、それは……」


 どうして結菜以外の女の子の頭は撫でないのか。そんなの分かりきっているじゃないか。それは結菜が一番仲良しで気が知れてるから……でもそれだけじゃない気がするのは、気のせいだろうか……。

 自分の気持ちを言葉にすることが出来ない。そのもどかしさに苦悩していると、不意に結菜の頬がへにゃりと緩んだ。


「うふふ〜。冗談だよ怒ってないよ〜。困ってる琉貴が見たくてイジワルしちゃった〜」


 結菜はケタケタと笑いながら、俺の髪をくしゃくしゃに撫でる。

 からかわれた。そう悟ると、途端に自分の顔がこれでもかと熱くなる。


「ふふふ〜。私のことが好きだから頭撫でてくれたんだろ〜? 知ってるんだぞ〜。やっぱり琉貴は可愛いな〜もう」


 結菜は両手を使って俺の頭を撫でる。ぐしゃぐしゃ……ぐしゃぐしゃ……と犬を撫でるかのように俺の頭を激しく撫でる。

 顔は熱いし、髪はぐしゃぐしゃ。なによりまた結菜にからかわれたのが悔しすぎる。


「別に結菜が好きだから撫でたワケじゃないし。妹の頭も普通に撫でるし」


 俺はそう言いながら、頭を撫でる結菜の手を払い除ける。


「あーん。拗ねるなよ〜。からかいすぎたって〜」


「うるさい。俺はもう寝るからな。結菜のことなんて知らん」


「わー! 本当に布団の中に潜っちゃった! 琉貴〜、私が悪かったから出て来てよ〜。もうからかわないからマリパやろーよー」


「やらない。寝る」


「えー、私と長い夜を共にするんじゃないのかよ〜」


 頭まで掛け布団を被ると、結菜に体をゆさゆさと揺すられる。

 顔が熱すぎる。どうせ布団から出ても、「顔真っ赤だよ〜」とか言われてからかわれるんだ。だから俺は顔の熱が治まるまで、布団の中で拗ねていることにした。

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