ただの友達

 占いをしてもらったあとも、俺たちは温泉街をブラブラと散策した。鮎の塩焼きを食べたり、足湯に入ったり。そんなことをしている内に、空がオレンジ色に染まった。

 もうすぐ旅館で夕飯が出る時間だ。でも夕飯を食べる前に、俺と結菜は温泉に入ることにした。


 宿泊する旅館にて。俺は結菜と別れて男湯に入る。

 洗い場で汗を流してから、露天風呂へとやって来た。上を見上げると夜空が見渡せる最高の露天風呂だ。そんな露天風呂に肩まで浸かる。俺の他にも、三人くらいのお客さんが露天風呂を満喫していた。


「うわぁ……これは気持ちいいわ……」


 ちょっと熱いくらいの温泉が全身に染みる。今日は一日歩きっぱなしだったので、その疲れが癒されていくようだ。

 温泉の中にある岩を背もたれにして、全身から力を抜く。それだけで眠ってしまいそうになる。


 今日は朝から動きっぱなしだったけれど、すごく楽しかったな。

 早朝から結菜と待ち合わせして。結菜とバスに乗って。結菜と同部屋になるハプニングもあって。結菜と蕎麦を食べて。結菜と温泉街を散策して。

 結菜……結菜……結菜……今日はずっと結菜と一緒だった。と言っても、学校の時もずっと結菜と一緒に居る気がするが。


「結菜……」


 その名前を口にする。高校に入ってからずっと仲良しな友達の名前。そこらの男友達よりも、一緒に居て安心する存在。でも手を繋がれたりすると、どうしてか顔が熱くなりドキドキしてしまう。

 普通の友達にはドキドキなんてしない。それは自分でもよく分かっている。それじゃあ俺は結菜のことをただの友達だと思っていないのだろうか……もしかしたら俺は結菜のことを一人の女の子として……。


「いやいや、俺は何を考えてるんだ」


 結菜は友達だ。ただ高校で一番仲のいい、気の知れた友達ってだけ。そう思うことにしないと、今日という日を乗り越えられない気がした。露天風呂から上がったら、今日は結菜と二人きりの部屋で夜を過ごすのだから。


「結菜と同じ部屋で寝るのか……」


 口から勝手に漏れた独り言に胸が高鳴る。もしかしたら何かが起こってしまうのでは……。

 高鳴る心臓の鼓動を抑えようと、俺は温泉のお湯で思いきり顔を洗った。


 ♥


 露天風呂に肩まで浸かり、結菜は温泉の気持ちよさにため息を漏らした。腕を夜空に向けて思いきり伸ばしてみると、背骨の辺りがポキポキと音を鳴らす。それだけで一日の疲労が空へと飛んで行くような気がした。


「ふぅ……ごくらくごくらく……」


 水面に浮かぶ二つの大きな膨らみを隠そうともせず、結菜は自分のスベスベな足を揉む。今日は一日中歩いていたから、足が棒になっている。


「温泉旅行楽しいな〜」


 胸にしまっておくにはもったいない気持ちを、誰にも聞こえないくらいの独り言で呟く。

 大好きな琉貴との温泉旅行。琉貴はいつも通りの調子だし、からかうと顔を真っ赤にするから可愛いったらありゃしない。手を握った時なんか、焦ってたもんなあ。


「可愛いなぁ……もう……」


 しかしそろそろ怒られそうな気がする。男の子なのに「可愛い可愛い」って言われ続けたら、きっといい気持ちはしないだろうし。

 でも可愛いのは事実。それにかっこいいのも知ってる。

 今日、琉貴と初めて手を繋いだ。その時に握った手が男の子のもので、ちょっとだけキュンとしてしまった。その時だけは、琉貴はちゃんと男の子なんだって実感した。


「今日は一緒の部屋で寝るのかぁ……」


 私の手違いで同部屋になっちゃったけど……いつも通りの私で居られるかな……。

 琉貴と一晩中一緒に居られるのは楽しみだけど、何かが起こるんじゃないかって思うとドキドキしてしまう。

 ん……? 何か起こるの『何か』ってなんだ……?

 無意識の内に色々と想像してしまった自分が恥ずかしくて、顔が熱くなる。温泉の熱さにのぼせたからじゃない……友達相手に色々な想像をしてしまった自分が恥ずかしいんだ。


「うぅ……早く顔冷まさないと琉貴に顔見せられないよ」


 温泉から上がったら、また琉貴と顔を合わせる。しかも今日はずっと、琉貴と同じ部屋で過ごすことになるだろう。


 きっと琉貴は私のことをただの友達だと思ってるだろうし……何も起こらないよね……。

 でももしも何かが起こりそうになってしまったら……。


「まぁ……琉貴ならいいかな……」


 なんて思ってしまう自分が居ることに驚いたが、結菜はその気持ちをすぐに受け入れることが出来た。


 だって私、琉貴のことが好きだもん。


 ♥

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