本物かもしれない

 そば屋さんをあとにした俺たちは、温泉街を散策することになった。

 温泉街は道の左右に屋台やお店が並んでいて、まるでお祭りにでも来たかのような気分になる。


「お腹いっぱい〜。お昼ご飯おそばで正解だったね〜」


「そうだな。めちゃくちゃ美味しかったわ」


 俺と結菜は二人並んで温泉街を歩く。

 夏休みということもあってか、温泉街は人の姿で溢れ返っていた。


「ねえねえ琉貴。あれ見てあれ」


「ん、どれだ?」


 俺の浴衣の袖を引っ張りながら、結菜はとあるお店を指さした。その指の先には、『占い』と書かれた看板が目印のお店があった。そのお店の入口には黒いカーテンがかかっていて、店内の様子が見えなくなっている。


「占いか」


 特に興味もなかったので、素っ気ない言葉が口から漏れ出た。しかし結菜はそんなことを気にした様子はなく、ニコニコ笑顔でこちらを見上げた。


「そうそう占い〜。面白そうじゃない?」


 さすが女の子だ。女の子は占いが好きなイメージがあるけど、まさか結菜もその一人だったとは。


「あー、まあそうだな。面白そうかもな。入ってみるか?」


 興味はないが、行きたくないワケではない。結菜が行きたそうにしているので付き合うことにしよう。

 それを聞いた結菜の表情は明るいものとなり、「やった〜」とぴょんぴょんと跳ね出した。

 結菜は嬉しい時やテンションが上がると、たまにぴょんぴょんと跳ねる癖がある。見ていて面白い。


「んじゃあ入るか」


「あ、ちょっと待って」


 占いのお店に入ろうと足を進めようとすると、結菜に呼び止められた。振り向いてみると、結菜は何かを企んでいるような顔をしながらこちらに近づいた。


「ねえ琉貴。ひとつお願いがあるんだけど」


「お願い? なんのお願いだ?」


「占いのお店にさ、手繋いで入らない?」


「へ?」


 唐突なお願いに、素っ頓狂な声が漏れてしまった。

 結菜は友達と言えど異性なのは間違いない。そんな異性から「手を繋ごう」とお願いされたら、思春期の男なら誰もがビックリするだろう。

 驚き顔を浮かべる俺に、結菜はニヤニヤしながら顔を近づけた。


「あのさ。占い師さんを試そうと思って」


「占い師を試す?」


「うん。カップルのフリをしながらお店に入って、それを占い師さんが見抜けるかどうか。もしも私たちが友達同士だって見抜けたら、その占い師さんの占いが信用出来ると思わない?」


 ああ、なんだそういうことか。たしかに手を繋いでお店に入り、その上で俺と結菜がカップルではないと見抜ければ、その占い師の占いは信頼できるかもな。


「お前、なかなかゲスなこと考えるな」


「んふふ〜。賢いと言いなさいな〜」


 結菜は愉快そうにケタケタと笑うと、こちらに手を差し伸べた。


「ということではーい。手繋ご〜」


 結菜はなんともないような表情で……いや、むしろ楽しんでいる表情でいる。

 でもよくよく考えてみたら、手を繋ぐって結構ハードル高いよな。今まで妹以外の女の子と手なんて繋いだことないし、なんせ結菜とは付き合ってるワケじゃないんだぞ。女友達と気安く手を繋いでいいものか──なんてウダウダと考えていると。


「もーう。琉貴は照れ屋さんなんだから〜。ほらほら、手繋ぐよ〜」


 結菜が突然俺の手を取った。柔らかで温かな手の感触にドキリと心臓が跳ねて、顔が熱を帯びる。


「あ、ちょ、待って──」


「待ちませ〜ん。占いが私を呼んでいるのだ〜」


 結菜はゴキゲンな様子で繋がった手をブンブンと振りながら、占いのお店へと向かって歩き出した。

 緊張で手汗をかいてしまいそうな俺は、結菜に引きずられるようにして占いのお店へと連行されたのだった。


 ☆


「こんにちは〜」


 カーテンをめくり、やや暗めの店内に入る。するとそこには水晶が乗ったテーブルがあった。そのテーブルの前には、二つの椅子が置いてある。


「あら、ようこそいらっしゃいました」


 誰もいない店内に戸惑っていると、テーブルを挟んだ向こうのドアから黒い服を着た三十代くらいの女性が現れた。穏やかで優しそうな占い師だ。


「こんにちは〜。占って欲しいんですけど〜」


「もちろん大丈夫ですよ。そこの椅子に座ってください」


 占い師はにこやかな笑顔を作り、テーブルの前にある椅子を手で示した。その際に、彼女の瞳が俺と結菜の繋がる手を捉えた。どうやら手を繋いでいることを認識したらしい。

 だから俺と結菜は繋いでいた手を解いてから椅子に座った。俺たちが腰を下ろしたのを確認してから、占い師もテーブルを挟んで向かいの椅子に座った。

 手を繋いでいた緊張はなくなったが、どこか残念な気持ちになったのは内緒だ。


「それでは占いを始めましょうか。どんなことを占って欲しいですか?」


「うーん。なんでも占えるんですか〜?」


「もちろん。どんなことでも占えます。この水晶がね」


 占い師は水晶に手をかざしながら、柔和な笑顔を浮かべて答えた。

 なんでも占える。それを聞いて、俺と結菜は互いに視線を合わせる。


「なんでも占えるって〜」


「そうみたいだな」


「私、聞いてみたいことがあるんだけど占って貰ってもいい?」


「ああ、いいぞ」


 二人でそんな会話を交わすと、結菜は占い師へと視線を向けた。


「私たちの関係がいつまで続くかを聞きたいです〜」


 その結菜の質問に、なぜだかドキリとさせられた。

 まるでその言い方じゃ俺たちが付き合ってるみたいじゃないか。いや、もしかしなくても結菜は占い師を試そうとしているのかもしれない。俺たちはただの友達同士だが、まるで付き合っているかのような言い方をして占い師を騙そうとしているんだ。

 ただただ占いを楽しむだけじゃなく、結菜は駆け引きを楽しんでいるらしい。


「私たちの関係がいつまで続くのか……ね。それでは占ってみます」


 占い師はそれだけを言うと、目を閉じて水晶に手をかざした。すると驚くことに、水晶が眩く光り出した。


「わぁ。光った」


「光ったな」


 恐らく電気が中に入っているのだろうが、水晶が光り出すなんて思っていなかったからビックリだ。

 俺と結菜が驚いていると、水晶の光がだんだんと消えていった。


「全て分かりました」


 占い師は閉じていた目を開き、俺たちのことを交互に見た。その鋭い視線に、俺と結菜はごくりと生唾を飲み込む。


「あなたたちの関係がいつまで続くのか……とは、友達同士の関係がいつまで続くのかってことでよろしいですか?」


「「え、」」


 ふくりと笑いながら放たれた占い師の言葉に、俺と結菜は驚き声を重ねた。

 手を繋いでいたし絶対にカップルだと思われてるだろうと思っていたので、友達同士だとバレてビックリだ。


「ど、どうして友達同士だって分かったんですか!?」


 結菜は驚き過ぎたようで、前のめりの姿勢になって占い師へと尋ねる。占い師は口に手を当ててクスクスと笑いながら、両手で水晶を撫でた。


「この水晶が教えてくれたのよ」


 まさかそんなワケ──とも思ったのだが、もしかしたらこの人は本物の占い師なのかもしれない。俺と結菜はこの一瞬の出来事で、目の前の占い師を信用するようになっていた。


「そしてあなたの質問に関する答えだけれど──」


 占い師はそう言葉を区切ると、笑顔を消して神妙な面持ちを作った。


「あなたたちが高校一年生を終えるまでに大きな試練が待ち構えているわ。その試練を二人で乗り越えられるかどうかで、いい意味でも悪い意味でも友達という関係が終わるかもしれないわね」


 その占い師の言葉を聞いて、俺は結菜と驚き顔を見せ合った。


 あれ……俺たちが高校一年生だっていつ言ったっけ……? それに大きな試練が待っているって……。


 俺と結菜は腕に鳥肌を浮かべながら、占いの館をあとにすることとなった。

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