プリクラもんじゃ焼き

 年季の入っているもんじゃ焼き屋。店内は座敷の席しかなく、俺と澄香はその角席に並んで座った。テーブルの真ん中には、黒色の鉄板が設置されている。

 外で待つのは暑いので、結菜とは店内で待ち合わせしている。


「ねえおにい。今から来る人ってどんな人なの?」


 隣に座っていた澄香は、目を丸くさせながらこてんと首を倒した。


「うーん。なんて言えばいいのかな。雰囲気はほわほわしてるかな」


「天然ってこと?」


「天然とはまた違うかな。なんて言うか……一緒に居ると気が抜けそうな感じかな」


「ふーん。よく分からないや。でも悪い人じゃなさそうだね」


「そうだな。めちゃくちゃ話しやすいし優しいぞ。フレンドリーだし、澄香もすぐに仲良くなれると思う」


 澄香も色々な人とすぐ仲良くなるタイプだし、結菜も雰囲気が柔らかいから話しやすい。きっと二人は仲良くなれるはずだ。

 そう思っていると、店内のドアがガララと音を立てて開いた。店主の「いらっしゃいませ〜」という声に出迎えられたのは、セーラー服姿の結菜だった。


「お、こっちだこっち」


 結菜に向かって手を振ると、彼女はこちらに気がつくなり顔色をぱーっと明るくさせた。


「お〜、琉貴〜、夏休み初日から呼び出してごめんね〜」


 結菜はいつも通りの笑顔を浮かべながら、ふわふわとした足取りでこちらへと歩いて来た。するとちょんちょんと、脇腹をつつかれた。振り返ってみると、澄香が目を白黒とさせていた。


「ね、ねえ、おにい。もしかしてあの綺麗な人……おにいが言ってた友達……?」


「ああ、そうだぞ。高校で一番仲のいい友達の結菜だ」


「……女の人なの?」


「見て分かるようにバリバリの女子だな」


 そう言ってみせると、澄香は目をパチパチとさせた。そうしている隙に、俺と澄香とテーブルを挟んで向かい合わせになる位置に結菜が座った。


「初めまして〜。琉貴に仲良くして貰ってる結菜です〜。今日は兄妹水入らずのところごめんね〜」


 結菜はほわほわとした喋り方で、澄香に挨拶をした。すると澄香はオドオドとしながら、俺の服の裾をつまんだ。


「ど、どうも。琉貴の妹の澄香です。おにいがいつもお世話になっております……」


 ぎこちない口調で、澄香もなんとか挨拶を返した。

 どうしたどうした。澄香がこんなに人見知りするなんて珍しいな。澄香は今まで、俺の友達となら誰とでも仲良くなっていたのに。


「きゃー、琉貴のことおにいって呼んでるんだね〜。私も琉貴のことおにいって呼ぼうかな〜」


「やめてくれ。恥ずかしいわ」


「ふふふ〜。冗談だよ冗談〜」


 俺と結菜の何気ない会話を、澄香はぎこちない作り笑いをしながら見ていた。

 あれ。もしかして澄香。結菜のことが苦手なのだろうか。結菜は優しくていい人だし、仲良くなってくれたら嬉しいんだけどな……。

 もんじゃ焼きを注文し終えたあとでも、澄香は俺の服の裾をつまんでいた。


 ☆


「ねえねえ結菜ちゃん! 今からどこか遊びに行こうよ! アタシもおにいも今日は暇だし!」


「えー、いいねいいね〜。遊びに行っちゃおうか〜。どこに行きたい?」


「ゲームセンター! ゲームセンター行きたい!」


「いいよ〜。駅前のゲームセンター行こうか〜」


「わーい! ゲームセンター!」


 結菜と澄香が仲良くなればいいな。そんな俺の願望は、もんじゃ焼きを食べている間に叶ってしまった。

 結菜が何度も何度も澄香に話し掛けてくれて、中学校の話やら部活のことやらの話を振ってくれた。それに結菜は話を聞く時にふわふわとした雰囲気があるので、澄香はなんでも話しやすそうに喋っていた。そうこうしているうちに澄香は結菜に心を開いて今に至る。

 結菜と澄香は二人で手を繋ぎながら、俺の前を歩いている。


「ねえおにい! 今から結菜ちゃんとゲームセンター行く!」


「はいはい」


「おにいも一緒に来る?」


 どうして俺を置いて行こうとするんだよ。行くに決まってるだろ。


「行く行く」


 そう返事をすると、結菜と澄香が「やったー」と無邪気に喜んだ。二人の笑顔は屈託なく、夏の太陽にも負けていなかった。


 ☆


 ゲームセンターに到着するなり、結菜と澄香はクレーンゲームを始めた。女子二人できゃぴきゃぴとしているところには入りずらく、俺は一人で適当にゲームセンター内を散歩した。


「琉貴〜」


 ゲームセンター内を散歩していると、大きなウサギのぬいぐるみを抱えた結菜がこちらへとやって来た。


「おお、なんだそのドデカいぬいぐるみは」


「あ、これー? これは澄香ちゃんが取ってくれたんだよ〜」


「ああ、澄香のやつクレーンゲーム好きだからな」


「うん、大切にする〜。それでね、今から澄香ちゃんと一緒にプリクラ取るから琉貴も一緒に来て〜」


 結菜はそう言うと、俺の腕を掴んだ。自然と絡まる腕に、不覚にもドキリとさせられる。

 プリクラってあれだよな。箱みたいな筐体の中に入って、写真を撮るやつ。


「いや、俺はいいよ。澄香と二人で取ってくればいいだろ」


 女子二人の中に、男の俺が混ざるなんて。しかもプリクラなんて撮ったことがないが、ああいうのって女の子のためにあるものなんじゃないのだろうか。そう思ったのだが、結菜は「いいからいいから」と俺の腕を強引に引っ張った。

 プリクラの前に到着すると、ぬいぐるみを抱えた澄香が居た。大きなワニのぬいぐるみだ。


「あ、やっと来た」


「ごめんね〜。琉貴が駄々こねるからさ〜」


「おにいったら恥ずかしがり屋だからね」


「そうだね〜。手がかかる兄貴だ」


 なんて勝手なことを言いながら、澄香がプリクラの中へと入って行った。それを追うようにして、俺は結菜に引っ張られるようにしてプリクラの中に入る。


「わ〜、久しぶりのプリクラ〜。高校生になって初かも〜」


「そうなんだね! アタシは友達と遊ぶ時はプリクラばっかりだよ」


 プリクラの中は三人では少しだけ狭く、目の前にはタッチパネルと顔を照らす電灯が置いてあった。

 三人でお金を入れると、結菜と澄香は二人でタッチパネルを操作しだした。それを後ろから観察していると、「それじゃあ撮影を始めるよ!」と音声が聞こえて来た。


「並び順はどうする〜?」


「バランス的におにいが真ん中でいいんじゃない?」


「そうだね〜、男の子真ん中にしようか〜」


 勝手に話が進んで行き、結菜と澄香が俺を挟むようにして立った。しかも二人はカメラに収まるようにと、俺にぎゅっと密着した。澄香は妹だから慣れているが、結菜に密着されるのはドキドキする。


「近すぎないか?」


「近くないよ〜。普通だよ〜」


 結菜は笑顔でそんなことを言うので、俺は受け入れるしかなかった。

 それからはプリクラの機械の指示に従って、様々なポーズを取って撮影をした。無茶なお願いはされなかったので、それだけが救いだった。


「写真出来たよ〜」


 結菜はそう言って、プリクラから出てきた写真を俺に手渡した。手の平サイズの写真に映っていたのは、笑顔でぬいぐるみを抱える結菜と澄香に、緊張した面持ちの俺が挟まれている図だった。しかも結菜と澄香の目は、現実よりも二倍くらい大きくなっている。

 もっと笑顔でいるんだった。そう後悔はしたものの、この写真は大切にしようと思った。

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