妹は澄香

 中間テストの返却も終わり、ついに夏休みがやって来た。今日から四週間ほどの休みだ。


「高校で初めての夏休み。俺は今日から無敵だ」


 目が覚めたら正午を過ぎていた。カーテンから差し込む太陽の光に目を細めながら、俺はベッドの上で今日から夏休みだという事実を噛み締める。

 夏休み初日。初動は大事だ。今日はなにしてやろうか。このままずっと寝てやるのもアリだし、何の用もなく外をフラフラとするのもアリだ。夏休みなんだから、なんだって出来る。


「さて、なにをするか」


 そう言葉を吐いた時、お腹がぎゅるるると音を鳴らした。もう正午を過ぎる時間。とりあえず、昼飯を食いながらでも考えるか。でも今日は両親ともに仕事に行っているので、昼食は用意されていないはず。さて、どうするか。そう考えた時、部屋のドアがガチャリと音を立てて開いた。


「ねえ、おにい。いつまで寝てるの? お腹空いちゃった」


 ドアからちょこんと顔を出したのは、俺の妹である堀井澄香(ほりいすみか)だ。俺と年が二つ離れた中学二年生。陸上部に所属しているからか、スラッとした体型をしている。ツインテールをしていて、日に焼けた小麦色の肌をしている。


「あー、そっか。澄香も今日から夏休みか」


「そうだよ。忘れてたの?」


「完全に忘れてた。お腹減ったろ」


「うん。すごく減った。だから起こしに来たんだよ」


 今日から澄香も夏休みだったことをすっかり忘れていた。そう言えば昨日、明日は両親ともに居ないから昼飯は適当に食べて来いと、二千円を渡されたのだった。


「そうだよな。じゃあ飯食いに行こうぜ」


 俺はそう言いながら、ベッドから体を起こして立ち上がる。


「うん! 行く!」


 澄香は目を爛々と輝かせながら、元気な返事をした。それを横目で見ながら、俺は外へと出かけるために服を着替え始める。澄香の方は、既に外へ出掛けるための準備は出来ているらしい。チュニックにベージュ色のパンツを着用している。


「なに食いたい?」


「んー、そうだなー、粉物食べたいかも!」


「粉物かー。お好み焼きとかたこ焼きとか?」


「うん! あとはもんじゃ焼きとか」


「あー、もんじゃ焼きいいな。もんじゃ焼き食いに行くか」


「そうしよ! もんじゃ!」


 パパっと昼食が決まった。俺は寝巻きの上を脱いで、適当なTシャツに腕を通す。その勢いで寝巻きの下も脱ごうとすると。


「あっ、それじゃあ下で待ってるからね! 準備出来たら降りてきて!」


 澄香は顔を真っ赤にさせると、部屋のドアを閉めて一階へと降りて行った。俺がいつもズボンを着替える時には、澄香はどこか気まずそうな振る舞いをする。同じ家族なんだから、恥ずかしがる必要はないと思うけどな。なんてことを思いながら、俺は外へと出掛けるための準備を始めた。


 ☆


 着替えを済ませ、財布とスマホだけを持って澄香と外に出る。セミがジンジンと鳴いていて、夏の暑さをより一層際立たせる。

 ここからもんじゃ焼きの店までは、歩いて二十分ほど。着くまでに汗だくにならなければいいのだが……。


「おにいとこうやって二人でご飯行くの久しぶりだね」


 澄香は俺の顔を見上げながら、嬉しそうにはにかんだ。

 俺と澄香は二人兄妹で、一度も喧嘩したことがないくらい仲がいい。


「そうだなー。まあお互いに高校と中学が忙しかったからしょうがないよな」


「だねー。アタシも部活で休日まで忙しいからね」


「最近は部活はどうなんだ? 調子いいのか?」


「うん! 百メートルでようやく十三秒台になれたの」


「十三秒? 女子にしてはめっちゃ速いよな」


「うーん。でも十三秒前半は欲しいかも」


「そうなんだな。今年中に十三秒前半を叩き出せたらいいな」


「うん! 頑張る!」


 澄香は両手をギュッと握って、笑顔を作った。相変わらず俺の妹は可愛いな。なんて思いながら、俺は澄香の頭をポンポンと撫でる。

 その時のことだ。ポケットに入っていたスマホが、ブルブルと震えながら着信音を奏で始めた。


「あ、ごめん。電話だ」


 俺はそう言いながら、ポケットからスマホを取り出す。その画面には、袴塚結菜の名前が表示されていた。その名前を見た瞬間に、俺の心臓はトクンと高鳴った。その高鳴りを気のせいだと思いながら、俺はスマホを耳に当てる。


「もしもし?」


『あ、琉貴? 私だよ私〜』


 オレオレ詐欺ならぬ、ワタシワタシ詐欺かと思った。


「おう。分かってるわ。夏休み初日からどうした?」


『えっとね。琉貴ってもうお昼ご飯食べちゃった?』


「いいや。今から妹と食べに行くところだ」


『あー、そっか。妹さんと食べに行くんだね。って琉貴って妹居たの!?』


「あれ、前に言わなかったっけ?」


『初耳だよー。すごくビックリした〜。でもたしかに妹居そうだね』


「そうか? それで、どうして昼飯食ったかなんて聞いたんだ?」


 俺が結菜と電話している様子を、澄香が隣で不思議そうな顔をしながら観察している。


『それがね〜。今学校に居るんだよ〜。ちょっと忘れ物しちゃってさ。取りに行ってたの。忘れ物のためだけにわざわざ電車に乗ってここまで来たし、琉貴とお昼ご飯でも食べたいなーって思って』


 俺の家が学校の近くにあることを、結菜は覚えていたのだろう。それでお昼ご飯に誘ってくれたというワケだ。


「なるほどな。ちょっと待っててくれ」


 俺はそれだけを言って、スマホを耳から離す。


「なあ澄香。俺の友達が今学校に居るらしくてさ、一緒にお昼ご飯食べたいらしいんだよ。俺の友達も誘っていいか?」


「あ、うん。アタシは全然大丈夫だよ」


 俺が中学生だった頃も、澄香は俺の友達と仲がよかった。俺と違って、澄香は人見知りしない性格なのだ。

 嫌がらない澄香を可愛く思い、俺はまた彼女の頭を撫でてからスマホを耳に当てる。


「妹に確認したら大丈夫だって。もんじゃ焼きでもよければ一緒に食べよう」


『もんじゃ焼き大好き〜。でも私が行って本当に大丈夫? 無理だったら無理ってちゃんと言ってね?』


「全然無理じゃないぞ。むしろ高校でもちゃんと友達が出来たことを、妹に知って貰うチャンスだ」


 冗談混じりにそう言うと、電話越しに結菜の笑い声が聞こえてきた。


『そっかそっか〜。そう言うことならお邪魔します〜。琉貴の妹も見てみたいから』


「了解。もんじゃ焼きの場所あとで送るわ」


『うん! ありがとー。待ってるねー』


 そう言葉を交わして、俺は通話を終了させた。スマホをポケットに入れてから、隣を歩く澄香に視線を向ける。


「悪いな。友達も呼んじゃって」


「ううん。全然大丈夫だよ。おにいが高校でどんな友達と仲良くなったのかも知りたいし!」


 ああ、澄香はなんていい子なのだろうか。もしもこれが逆の立場で、澄香が友達を連れて来たら気まずくて仕方がない。これはあとでアイスでも買ってやる必要があるなと思いながら、俺はまたまた澄香の頭を撫でた。

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