もうすぐで夏休み

「ふぅ……なんか疲れたな……」


 朱里さんからの呼び出しから戻って来た。女の子を振るのには精神をすり減らす必要があるんだなと実感しながら、俺は自分の席で突っ伏をした。

 ああ……女の子に悲しい顔をさせてしまったな。心が痛いや。


「あれ、そういや結菜はまだか」


 教室の中を見回してみるも、結菜の姿は見当たらなかった。今日は結菜も先輩から呼び出しを食らっていたみたいだが、まだ帰ってこないのだろうか。

 もしかして結菜のやつ、先輩からの告白を受け入れたんじゃないだろうな。もしも呼び出しをした先輩が超絶イケメンな人だったら……そう考えただけで、俺の背筋には冷たいものが走った。

 昼休みが終わるまで残り十分しかない。昼休みが終わるまでに結菜は教室に帰ってくるだろうか。そう思っていると、教室の前のドアがガララと音を立てて開いた。そこからは今日も髪の毛の毛先が緩くカールしている結菜が、ルンルンした足取りで教室へと入って来た。


「お、琉貴帰って来てるじゃーん」


 結菜は嬉しそうに頬を緩ませながら、俺と机を挟んで向かい合わせの位置に座った。その結菜の笑顔を見て、俺は背筋をしゃんと伸ばす。


「で、どうだったー? そちらの呼び出しは」


「ああ、まあ、告白されたけど」


「それは知ってるよ〜。そうじゃなくて、告白されてなんて返事をしたの?」


 結菜はこてんと首を傾げる。呼び出しがあった時点で、俺が告白されることは分かっていたらしい。


「断ったよ」


 俺がそう言うと、結菜の頬が一瞬だけほころんだ気がした。しかしすぐに、結菜は目を細めてニヤニヤとする。


「えー、もったいなーい。告白されたの初めてだったんでしょ?」


「そうだな」


「初めての告白を振るとはなかなかやりますねー、お兄さん」


「そうか? 別に普通だと思うけど」


「付き合えば夏休みデートし放題じゃん」


「そうなんだけどな。なんか気持ちが乗らなくて」


 まさか告白をされてる最中に、結菜の顔が浮かんだからだなんて言えるワケがない。俺は誤魔化すように言うと、結菜は「ほーん」と独特な相づちを打った。


「まあそういう時もあるよね〜。誰でもいいワケじゃないもんね」


「そういうことだ。それで、結菜はどうだったんだよ」


 結菜が告白をされたことはもう分かっている。その上で結菜がなんて返事をしたのかだ。


「あー、それはねぇ」


 ニヤニヤとしながら、結菜はもったいぶるような口調を紡ぐ。そのニヤニヤ顔の結菜を見て、俺の心臓はバクバクと鼓動を早くする。どうしてこんなに鼓動を早くしているのかは分からないが、もしも結菜が先輩と付き合うとなると、嫌な気持ちになるのも事実。本当は友達として祝ってやるのが一番大切なんだろうけど……。


「私も振っちゃったんだよねぇ」


 へにゃりと頬を緩めた結菜を見て、俺はひどく安心した。

 よかった。そう思ってしまう自分が居ることに、俺は驚いた。


「なにか気に入らなかった感じか」


「うーん、どうなんだろ。別に付き合ってもよかったんだけど……なんとなく?」


 最後は誤魔化すような口ぶりで、結菜は「ふふふ」と笑った。

 こうなってくると、なんとなくという理由で振られた先輩が可哀想にも思えてくる。


「なんとなくか」


「そう、なんとなく」


 でもまあ、結菜が先輩からの告白を受け入れなかったことは事実。そう思うと、俺の心臓の鼓動もいつも通りの速さに戻っていた。


「それでさ、もうすぐで夏休みだよね?」


 強引に話を逸らすと、結菜は机の上で前のめりとなった。その勢いに、俺は体を引いてしまう。


「ああ、そうだな」


 俺が頷くと、結菜は机の上に肘を置いた。その前のめりな姿勢のせいで、彼女の胸が俺の机の上に乗る。


「琉貴は夏休みなにか用事あるの〜?」


「特にないかな。中学の時の友達と遊びに行くくらいだ」


「ほんと! じゃあさじゃあさ、夏休みお出かけしようよ」


「おー、いいよ。どっか行くか」


 結菜とはちょくちょく休日に遊ぶようになった。初めは結菜と休日に会うことにドキドキとしていたが、最近では緊張もしなくなり快く遊べている。

 俺が頷くと、結菜は「やったー」と喜びながらポケットからスマホを取り出した。スマホで何かを検索すると、その画面を俺に見せた。


「ここに行きたいんだけど、どうかな」


 そのスマホの画面に映し出されていたのは、とある温泉街だった。ここからバスで三時間は掛かるだろう場所にある、有名な温泉街。


「温泉か。めっちゃいいな」


「でしょー? 夏だから海もいいけどー、温泉入りたいなーって思ったんだよね」


「夏に温泉か。いいかもな。でもここまで遠いよな。往復六時間は掛かるだろうし温泉街を楽しむ時間あるか?」


「何言ってるのー。もちろん一泊するんだよー」


 なん……だと……。まさか女の子と一緒に温泉旅行に行けるというのか……?

 でもあれか、部屋は別々になるんだろうし、そんなに構えるようなことでもないか。


「あー、そうか。そうだよな。じゃあ一泊二日で温泉旅行行くか」


 特に何も考えずに、俺は首を縦に振る。すると結菜は「やったー!」と腕をバンザイして喜んだ。そんなに温泉旅行に行きたかったのだろうか。


「夏休みがすごく楽しみになったよ〜。あとで日程決めようね〜」


「おう。そうだな」


「はぁ……温泉ちゃん待っててね……すぐ行くから……」


 頬に手を当てて、結菜はうっとりとした口調で言った。


「でもその前に、明日は中間テストの結果が返ってくる日だけどな。夏休みはそのあとだ」


 そう。先週行われた中間テストの結果が、明日返ってくるのだ。もしもそこで赤点があれば、夏休みに学校で補習の授業を受けなければならない。晴れやかな気持ちで温泉に行くには、なんとしてでも補習を回避しなくてはならない。


「ふふー、私は大丈夫です〜」


「ほんとか? 頭よさそうには見えないが」


「ひどーい! こう見えてもいっぱい勉強したんだからね」


 結菜はむっとした表情で頬を膨らませた。

 こんなにゆるふわとしていては、頭の中もお花畑なのではなかろうかと勝手に思ってしまう。


「そっかそっか。まあ明日分かることだし、楽しみにしてようぜ」


 なんて余裕をかましているが、俺は内心焦っていた。文系科目は問題ないだろうが、高校に入ってから数学に着いて行けてない気がする。その心配も杞憂に終わればいいのだが……と思いながら、俺は作り笑いを浮かべて強がった。

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