夏
告白大会
「あの……えっと……いきなりこんなこと言われても困ると思うんですけど……」
昼休みの体育館裏にて。
俺の目の前では、初対面の女子が頬を赤らめていた。
「私と付き合ってください!」
その女子はか細くも声を張り上げると、勢いよく頭を下げた。
やはりそう来たか。下駄箱に「昼休みに体育館裏に来てください」とのメッセージが書かれた手紙が入っていた時にはリンチにでもされるのかと思っていたが、どうやら告白される流れだったらしい。
この初対面の女子はさっき自己紹介してくれた。名前は朱里(あかり)さんというらしく、隣の一年一組の生徒のようだ。
「えっと……どうして俺なの?」
この子から告白されるような覚えなんてひとつもない。そう思って尋ねると、朱里さんは落ち着きなく前髪を触った。
「友達と群れようとしないところがかっこいいと思いました。あとは、顔もかっこよくて身長も高いから……です」
頬を紅潮させながらも、朱里さんはそう言いきった。それを聞いた俺の頬も、じわじわと熱くなる。
今まで告白なんてされたことがなかったから自分に自信なんてなかったが、どうやら俺の顔はかっこいいらしい。
「いやあ、そんなかっこよくはないんだけどな」
謙遜してみせながらも、俺の頬は緩んでいた。女の子にかっこいいと言われて、嫌な気持ちになる男は一人も居ないだろう。
「だからその……堀井くんと付き合いたくて」
普段は堀井くんなんて呼ばれ方をしないので、一体誰のことを言っているのかと思ってしまった。堀井は俺の苗字だ。
でもそうだな。女の子に告白をされたのなんて初めてだし、これから先に誰かと付き合えるチャンスはないかもしれない。そう考えると、告白を受けて付き合うことが最善だと思う。実際に俺も普通の男子高校生だ。女の子と付き合ってみたいという気持ちもある。
「あー、そうだな」
今の季節は夏。朱里さんと付き合えば、もうそろそろで訪れる俺の夏休みは最高のものに彩られるだろう。しかし俺の頭の中には、一人の女の子の顔が思い浮かんだ。
「うん、ごめん。朱里さんの気持ちには応えられない。本当に申し訳ない」
せっかく勇気を振り絞って告白してくれたのに。申し訳なさでいっぱいになりながら、俺は頭を下げた。
朱里さんは顔を歪めて今にも泣き出しそうな表情を作りながら、俺の顔をおずおずと見上げる。
「理由とかってあったりします?」
「え? うーん。そうだなぁ」
告白されて振ると、振った理由まで聞かれてしまうのか。俺はなんて言っていいのか分からずに腕を組むと、朱里さんは言いづらそうに口を開く。
「もし違ってたらあれなんですけど……いつも一緒に居る袴塚さんのことが好きだからですか……?」
その名前が出て来たことに驚いた。俺が結菜と仲がいいことを、朱里さんは知っているらしい。
結菜のことが好きか否か。そのどちらかであれば、好きであると言える。でも朱里さんが言う意味合いの『好き』というものが実感できなくて。
「うーん。どうだろうな。そこら辺は自分でもよく分からないんだわ」
なんて煮え切らない返答をしてしまった。だが朱里さんは満足したのか、「そうですか」と笑ってくれた。
♥
「ひと目見た時からずっと好きでした! 僕と付き合ってください!」
昼休みの屋上にて。
結菜の目の前で、身長が高めの男子が頭を下げた。
琉貴が朱里から告白された日に、結菜も同様に男子から告白をされていた。
「えっとぉ……江波戸(えばと)さんでしたっけ。私たち初対面ですよね?」
結菜の目の前に立つ男子は、高校二年生の江波戸(えばと)と名乗った。上級生からの告白に、結菜は気まずくて苦笑いを浮かべた。
「初対面ではあるけど、廊下では何回かすれ違ったことがある」
「なるほどなるほど。それで私のことを好きになったと」
「そ、そういうことだね」
江波戸さんは、ふくりと頬に笑みを貼り付けた。
廊下ですれ違ったことがあるって言われたって、そんなのいちいち覚えてるワケがない。結菜は困ったように眉尻を下げて、無意識の内に一歩後ろに退いた。
「一目惚れだったんだ。袴塚さんみたいなほわほわってした雰囲気が、本当に可愛いと思った。こう、小動物的な感じで」
ほわほわとしていて、小動物みたい。それは結菜が何回も言われたことがある例えだった。
私、そんなにほわほわしてるかな。なんてことを思いながら、結菜は困り笑顔を作る。
「そ、そうなんですねー。でもごめんなさいー。江波戸さんとは付き合えません」
結菜はきっぱりと言い切る。中学生の時も何回か告白をされたことがあったが、結菜はその全てをきっぱりと断った。その方がお互いに、スッキリとするし。
「そうか……やっぱりそうだよな……」
江波戸さんは肩を落として目に見えて落ち込んでいたが、すぐに顔を上げて笑顔を浮かべた。
「そっか。わざわざ時間取らせちゃってごめんね。おかげでスッキリした」
「はいぃ。ご期待にお応え出来ずに申し訳ないですぅ」
結菜はぺこりと頭を下げた。頭を上げても、江波戸さんはまだ笑顔でいた。
「こんなぽっと出て来た先輩より、やっぱりいつも一緒に居る男の方がいいよな」
いつも一緒に居る男。そう言われて結菜の頭に浮かんだのは、琉貴の顔だった。
別に琉貴とは何もないですよ。そう言うことも出来ただろうが、結菜はその言葉をそっと飲み込んだ。
「それはどうですかね〜」
自分の口から出て来たセリフに、結菜は心の中で少しだけ動揺した。
♥
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