好き、大好き

 カフェでまったりとした時間を過ごしたあと、俺と結菜は近くにあった大きな公園に訪れた。この公園には池があり、その外周は一キロのお散歩コースになっている。池に浮かぶ白鳥や泳ぐ鯉などを見ながら散歩出来るのが、この公園の売りになっている。


「ふぅ、お腹いっぱい食べちゃったね〜。これじゃあお昼ご飯はいらないかも」


 結菜は自分のお腹をポンポンと叩いて、満足そうな顔をしている。


「パンケーキ大きかったもんな」


「そっかー。琉貴のモンブランは小さかったもんね。お昼までにお腹空いちゃうよね」


「あー、それなら気にしなくていいぞ。お腹空いたらコンビニにでも寄っておにぎり買って来るから」


「ふふふ。自由だね〜」


「自由が俺のモットーだからさ」


 そんな適当な会話を交わしながら、俺と結菜はお散歩コースを歩く。左手には大きな池が広がり、右手には草木が生い茂っている。自然豊かな雰囲気が、この公園が人気な理由でもある。


「あ、ねえねえ。あれ見て。鯉が泳いでる〜」


 結菜は俺の服の袖を引っ張って、池を覗き込んだ。俺も彼女に釣られるようにして、池を覗き込んでみる。そこには赤、白、黒などの色とりどりの鯉が泳いでいた。


「ほんとだ。こんなにいっぱいいるんだな」


「そうだね〜。エサがあればあげたいんだけど、今日はないから見るだけにしておくー。ごめんねー。私たちエサは持ってないんだー」


 結菜は鯉たちに話し掛けている。しかし結菜の声を聞いても、鯉たちはエサが貰えるものだと思って俺たちに近づいている。


「ふへへ〜、鯉って可愛いよね〜」


「そうか? 俺の目からはそんなに可愛く見えないんだが」


「えー、この何も考えてなさそうなアホっぽい顔可愛くない?」


 可愛いと言いながら、その言葉は鯉を馬鹿にしているようにしか聞こえなかった。


「それ、鯉のこと馬鹿にしてるだろ」


「してないしてない! それは本当に誤解だよー」


 結菜は腕を振りながら、誤解であることを訴えている。その姿が必死すぎて、俺は思わず笑ってしまった。


「あ、なんで笑ったー」


 結菜はジト目をしながら、俺の腕を軽く小突いてくる。全然痛くなかったが、俺は「落ちたらどうすんだよ」と笑ってしまった。


「もー、琉貴は土曜日でも琉貴なんだからー」


「それはこっちのセリフだよ」


 互いにそんな言葉を交わしながら、お散歩コースに戻る。二人並んで歩き出すと、自然と歩幅が合ってきた。その歩きやすさに、自然と居心地のよさを感じてしまう。


「なあ、結菜」


 そう呼びかけると、結菜がこちらを振り向いた。そして目を丸くしながら、首を傾げる。


「なにー、どうしたのー?」


 いつものふわふわとした喋り口調。その声にも安心させられる。

 照れて頬を掻きながら、俺は結菜から目を逸らした。


「あの、なんていうかさ、入学式の日に俺と友達になってくれてありがとな。おかげで今の高校生活、すごく楽しいわ」


 ずっと心の中にあったモヤモヤとしたものを口に出してみると、歯に挟まった物が取れたような爽快感があった。

 それを聞いた結菜は、驚いたように目を大きくさせた。しかしすぐに、その頬が緩む。


「えー、なになにー、どうしたの急に」


 結菜はニヤニヤとしながら、俺の顔を覗き込んでくる。やっぱり言わなきゃよかった。そんな後悔をしながら、俺は結菜の視線から逃れようと顔を逸らす。


「やっぱなんでもない。今のナシで」


「えー、ダメだよー。あんな可愛いセリフ忘れないから」


「可愛いとか言うなよ。ずっと結菜に言いたかったんだよ。ほんと、最近楽しいからさ」


 もうここまで来たら、何を言っても変わらないだろう。俺は正直に思っていたことを伝えると、結菜の声が止まった。どうしたのだろうかと視線を戻すと、結菜の頬が桃色に染まっていた。


「ふふ、すごく嬉しい。私も同じだから」


 結菜は柔和に目を細めて、優しく微笑んだ。その笑顔にこちらの頬まで熱くなる。きっとお互いに、頬が染まっていることだろう。


「結菜も同じなのか」


「うん。私も琉貴と一緒に居るのすごく楽しいよ。学校でお昼ご飯一緒に食べたり、一緒に帰ったり。すごく充実してるなーって感じる」


 結菜は「でもさ」と声のトーンを落とすと、空に浮かぶ太陽に向かって手を伸ばした。眩しそうな顔をしながら、結菜は太陽を掴もうとしている。


「たまに怖くなっちゃうんだー。今まで男の子の友達とか居なかったからさ、私に飽きて琉貴が違うグループに行っちゃったらどうしよーって」


 そこまで言うと結菜は腕を伸ばすのをやめて、こちらを向いてへにゃりと頬を緩めた。しかしいつもの笑顔よりも、その表情はどこかぎこちなかった。

 そっか。結菜はそんなことを心配していたのか。そういうことなら、なんの心配もない。それを伝えたくて、俺は首を横に振った。


「そんなの有り得ないよ。飽きるとか飽きないとかじゃなくて、ただ単純に俺は結菜のことが好きだ」


 告白のようなセリフが出て来たことに、俺は慌てて口を抑える。


「いや、ほら、あの。友達に飽きるもクソもないだろ? 要するにまあ、俺からは結菜の側を離れたりしない。そういうことだ」


 危ない危ない。危うく結菜に告白をするところだったが、なんとか誤魔化せた。俺は「ふう」と息を吐いてから、隣に視線を向ける。隣を歩いている結菜は目を細め、どこか嬉しそうに笑っていた。


「そっかそっか。琉貴はそんなふうに思ってくれてたんだね〜」


 噛み締めるように言うと、結菜はにこっと満面の笑みを作った。


「私も琉貴のこと大好きだよ。これからもこんな私をよろしくね〜」


 大好き。たったそれだけの言葉に、俺の心臓はバクバクと鼓動を速くした。

 俺の好きに、大好きと返されてしまった。しかしそれ以上は俺の口からは出ず、「そ、そうか」と明らかに照れている返事しか返せなかった。それでも結菜は俺の隣で笑ってくれていた。


 ──春 完──

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