プチトマト
長い長い午前中の授業が終わり、ようやく昼休みとなった。クラスメイトたちは、自分の所属しているグループの人達同士で机をくっつけて昼食を取っている。ウチのクラスは六つのグループで分かれている。男子の二グループと、女子の三グループだ。そして残る一グループはというと。
「琉貴〜、お腹減った〜、ご飯食べる〜」
お弁当の入ったピンク色の巾着袋を手にぶらさげながら、結菜が歩いてやって来た。巾着袋を持っていない方の手では、自分の椅子を持っている。
「おう。食おうぜ」
俺はスクールバッグの中から弁当を取り出して、自分の机に置く。すると結菜も、俺の机に巾着袋を置いた。それからいつもどおり、結菜は俺と机を挟んで向かい合わせになる位置に椅子を置いて座った。
このクラスの六つ目のグループは、俺と結菜の二人だけグループだ。俺と結菜だけが、唯一の男女混合グループとなる。
「さっきの数学の時間もさ〜、ずっとお腹鳴っちゃって大変だったんだよ〜」
「あー、だからずっとお腹さすってたのか」
「うそ! 後ろから見えてた?」
「ああ、お腹痛いのかなって心配してた」
俺の席は一番後ろのど真ん中なので、前の方に座っている結菜の姿がいつでも見れる位置にあるのだ。
「そうだったんだねー。でもただの空腹ですー。お腹が鳴らないように頑張ってました」
額に手を当てて、結菜は軽く敬礼のポーズを取る。そんないつも通りの結菜の姿に安心しながら、俺は弁当のフタを開いて食事を始める。俺の姿を見てか、結菜もお弁当のフタを開いた。
「あー、今日もプチトマト入ってる〜。ママったら私が嫌いなの知ってて入れて〜」
結菜はプンプンと頬を膨らませながら、お弁当に入っているプチトマトを睨んでいる。
結菜はプチトマトが嫌いらしいのだが、お弁当に入っていることが多々あるのだ。
「きっと結菜にプチトマトを克服して欲しくて入れてるんだろ。優しさだよ」
「ぶー、嫌いなものは嫌いだから食べれないよー」
「プチトマト美味しいだろ? なにがそんなに嫌なんだ?」
「味だよ〜。あのフルーツなのか野菜なのか分からない味がいや」
「変わってるな」
「変わってません〜。ってことで、はい。今日も琉貴にプレゼントしちゃう〜」
器用に箸でプチトマトを挟むと、結菜はそれを俺の弁当箱の中に入れた。いつもこうして、結菜は俺にプチトマトを押し付ける。
「お前な。そんなんだから背が小さいんだぞ」
「いいんです〜。ギリギリ一六〇センチあるから満足です〜」
結菜は唇を尖らせて余裕を見せたまま、お弁当のおかずに手をつけ始めた。それを見て、俺は結菜から貰ったプチトマトを口に運ぶ。女の子から貰ったと思うだけで、プチトマトはより一層美味しく感じた。
「あ、そうだ。明日からお休みだね」
思い出したかのように、結菜はそんなことを口にした。今日は金曜日なので、明日から土日の二日間が休みになる。
「そうだな。土日だもんな」
「琉貴はなにか予定入ってるの?」
「俺か? いや、俺はなにも入ってないな。家でダラダラする予定だ。結菜は予定入ってるのか?」
「私もなにも予定入ってないんだよね〜」
「へぇ、結菜が予定ないなんて珍しいな」
結菜は大体、週末には女友達と遊びに行くことが多いイメージがある。そんな結菜が週末に予定が入っていないなんて、珍しいこともあるもんだな。
「そーなのー。だから暇でさ、週末に遊んでくれる人を募集中ってワケ」
「ほうほう」
「そこで琉貴。君は土日に予定がないと言っていたねー?」
「まあ、はい。予定はないです」
「それなら私と遊びに行こうよ〜。どこでもいいからさ〜」
結菜は足をバタバタとさせながら、「お願い!」と両手を合わせた。
まさか遊びに誘われるとは思ってもいなかったので、俺は不覚にもドキリとしてしまった。
休日に女の子と遊ぶ……? 俺の人生にそんなイベントがあっていいのか……?
「俺と二人でか?」
「うん、そうそう」
「二人でどこかに遊びに行くと」
「うん、そうそう」
しかも二人で遊びに……これじゃデートじゃないか……。でも俺と結菜の関係だ。仲もいいし、別におかしいことではないか。
「そうか。じゃあどこかに遊びに行くか」
俺は箸でご飯をつまんで口に運びながら平静を装う。でも内心は、嬉しすぎてたまらない。
「ほんと? やったー!」
結菜は満面の笑みを浮かべながら、これでもかと喜んでくれる。俺と遊べるのがそんなに嬉しいのだろうか。いや、きっと週末に予定が入ったことが嬉しいんだろうな。
「でも、何して遊ぶんだ?」
「うーん、適当にカフェに入ったり、お買い物したり?」
おお……なんて女の子な遊び方なんだ。これが女子高生の日常なのか……。
「カフェか。俺、生まれて一回もカフェに行ったことがないんだよね」
「え、うそ! まじ!?」
「まじまじ」
結菜はありえないものを見るような目を、俺へと向けてくる。そんなに驚かれることだろうか。
「えー、それはもったいなーい。それじゃあ私が連れて行ってあげるよ〜。行きつけのカフェがあるからね」
「まじか。よろしく頼む」
「明日でいい〜?」
「ああ、土曜日でも日曜日でもどっちでもいいぞ」
「じゃあ明日で〜、やった〜、明日は琉貴とカフェだ〜」
へにゃりと頬を緩めて、結菜は嬉しそうに笑う。その笑顔をまっすぐに向けられたものだから、俺の頬はじんわりと熱くなってしまった。
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