体力測定はドキドキで
「それでは反復横跳びを始める! よーい……」
ピッ! と笛の音が鳴る。それと同時に、体育館の床に引かれた三本の線を跳ねながらまたいで行く。
まずは俺から反復横跳びをして、次に結菜の番となる。俺が三本の線を跳ねながらまたぐ姿を、結菜がまじまじと観察している。結菜は必死に回数を数えてくれているようだ。
でもまあ、こんなに暇な競技もないよな。ただ三本の線をまたぐだけなんて。こんなので俺の体力のなにを測定できると言うのだろうか。なんて心の中で愚痴を垂れていると、ピーッと笛の音が鳴り響いた。
反復横跳びを終えて、結菜の元へと歩いていく。
「お疲れさま〜。さすが運動部だっただけのことはあるね〜」
結菜は体育座りをしながら、記録用紙を手に持ちながら笑顔で迎えてくれた。
「お、ってことはそこそこの記録だったのか?」
俺はそう話し掛けながら、結菜の隣に座る。でも少しだけ距離を空ける。汗臭いと思われたら嫌だもんな。
「ちょうど七十回だったかな。ギリギリ満点だよ〜」
反復横跳びは六十三回で満点を取れるので、そのラインをギリギリでついたようだ。
体力測定には競技ごとに点数があり、一点から十点まである。今回満点ということは、十点を獲得したということだ。
「よかったー。まだ体は衰えてないってことか」
「そうみたいだねー。先に満点取られると緊張しちゃうなー」
「女子は何回出来れば満点なんだ?」
「女子は五十三回だねぇ。自信ないなぁ」
「大丈夫。結菜なら出来るって」
「もう。自分は満点だったからって調子乗って」
結菜はクスクスと笑いながら、俺に記録用紙を手渡した。それと鉛筆を受け取り、記録用紙を見てみる。記録用紙の反復横跳びの欄には、可愛らしい丸文字で『70』と書いてあった。これが結菜の文字か。
結菜は三本の線の真ん中に立って、クラスメイトたちと並ぶ。結菜はソワソワとした様子で、体育教師が笛を吹くのを待っていた。
「それでは反復横跳びを始める! よーい……」
ピッ! 体育教師が笛を鳴らすと同時に、クラスメイトたちは反復横跳びを始めた。結菜も右へ左へと飛びながら、線をまたいでいる。その度に意外にも大きな胸が揺れるもんだから、俺は出来るだけ彼女の足元を見ようと心がけることにした。いくら仲良しだからとは言え、まだおっぱいをガン見してもいいくらいの仲ではない。
そうか。体力測定で女の子とペアを組むと、こういう弊害があるのか。どこを見ていいのかが分からない。
ピーッ! と笛が鳴り響いて、反復横跳びの終わりを告げた。
「ふ〜。二十秒なのに疲れるね〜。どうだった〜?」
反復横跳びを終えた結菜がこちらへと歩いて来る。俺はおっぱいに思考を邪魔されながらも、きちんと回数を数えておいた。
「五十五回だったわ。結菜も満点だ」
「うそ! 自信なかったから嬉しい〜。頑張ってよかった〜」
結菜は嬉しそうに腕を伸ばしながら、俺の隣に腰掛けた。結菜は俺に遠慮なく距離を詰めて座る。肩が触れ合ってしまうくらいの距離にドキリとする。汗臭いと思われていないか心配だ。
「いつも体力測定ではA評価取ってるのか?」
「うん! いつもA評価だねー。琉貴は?」
「俺も基本はA評価だな」
「お、じゃあ今回は勝負だね。どっちの方が点数高いか」
「お、それいいな。じゃあ負けた方は飯奢りで」
「乗った! 絶対に負けないからね〜」
「俺だって負けないからな」
俺が拳を突き出すと、結菜も拳を作ってくっつけた。グータッチというやつだ。そしてお互いに、吹き出したように笑う。
「お、おーい。そこのカップル、もう移動だぞー」
その体育教師の声に辺りを見回してみると、クラスメイトたちは上体起こしが行われる場所へと移動を初めていた。どうやらまた、二人だけの世界に入ってしまったようだ。
☆
「支える側の人はペアの人の足を抱え込むようにして座るんだぞ」
体育教師の指示に、クラスメイトたちが動き出す。まずは俺から上体起こしをするので、膝を曲げて仰向けに寝転がる。すると俺の足に結菜がお尻をついて座り、脚を抱え込む。
「なんか……密着度がすごいな」
「しょうがないでしょー。上体起こしなんだから」
「まあそうだけどさ」
脚全体で結菜を感じる。足の甲では結菜のお尻を、ふくらはぎには結菜の腕が巻きついている。変な感じだ。
「それでは始めるぞ。よーい……」
ピッ! と笛が鳴ると同時に、腹筋を使って起き上がる。その度に何度も結菜と顔が近くなっては、離れていく。腹筋を使って起き上がる度に結菜との顔の距離が縮まるので、心臓がドキドキとする。結菜の肌ってキメ細やかなんだな……柔らかそうな頬をしているな……など考えていると、笛が鳴った。俺は一気に脱力して、その場で仰向けに寝転がる。
「あはは。すごく疲れてるね」
「ああ、久しぶりに腹筋したから心臓がバクバクしてる」
おそらく心臓のバクバクは腹筋をしただけのせいでなく、結菜と何度も顔が近づいたからだ。なんて言えるワケもないので、俺はヒラヒラと手を振った。
「でも琉貴、三十回しか出来てなかったから八点だよ」
「うわ、まじかー。上体起こし苦手かもなー」
「そういうことなら私が見本を見せてあげよーう。交代してー」
「ああ」
今度は結菜が床の上で仰向けに寝転がり、俺が彼女の足を抱え込むようにして座る。
「あ、あんまりぎゅってしないでね。足にお肉あるのバレるの恥ずかしいから」
「あ、ああ。了解」
俺は彼女の足を抱える力を少しだけ緩める。
こんなもんか? と聞くと、結菜はナイスと親指を立てた。
「それでは上体起こしを始める! よーい……」
ピッ! と笛が鳴ったと同時に、上体起こしがスタートした。
結菜は体の前で腕を交差させながら、何度も腹筋を使って起き上がる。その度に結菜との顔が近くなり、甘い香りが鼻をくすぐる。結菜の匂いだとすぐに分かった。
結菜は目をぎゅっとつむって、腹筋に力を込めて頑張って体を起こしている。その姿が必死で、可愛いなと思ってしまった。
ピーッ! 笛の音が鳴り響き、上体起こしの終了を告げた。
「ぷはー。疲れたー」
結菜はダランと腕を投げ捨て、床の上に打ちひしがれた。
「結菜も三十回だったぞ。俺と同じじゃねーか」
「ふふー。でも女子は三十回で十点なんですー」
「あ、そっか。俺、普通に負けたんだ」
この競技だけで、結菜に二点も点差をつけられてしまった。やっちまった……と心の中で後悔していると、結菜が腹筋を使って上半身だけを起こした。そのまま結菜は俺の頬を両手で包み込み、ぐっと顔を近づけた。互いの鼻先がくっついてしまいそうな距離に驚いて、自然と瞳が大きくなる。
「ふふふ。ご飯奢るの忘れないでよね」
結菜は笑顔を作りながら言うと、俺の頬から手を離した。一瞬、キスされてしまうのかと思って心臓がはち切れるかと思った。
結菜は満足げな様子で立ち上がると、握力測定の場所へと先に歩き出した。
「い、言っとくけどまだ体力測定は始まったばかりだからな」
置いていかれてしまう。そう思い、俺は慌てて腰を上げて結菜の横に並んだ。まだ心臓はドキドキとしたままだった。
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