カップルではないのよ

 高校に入学してから一週間が経った。

 その後も結菜との関係は良好で、昼休みは一緒に昼飯を食べたり、帰りは一緒に帰ったりしている。一日ずっと結菜と一緒に居るが、怖いくらい居心地がよかった。


「それでは今日から体力測定を始める!」


 体育館の中にて。学校指定の体操着を着たウチのクラスの生徒を前にして、赤いジャージを着たゴリラのような顔をした体育教師が体力測定の始まりを宣言した。

 春の醍醐味である体力測定が、今始まろうとしているのだ。


「今日、お前たちのクラスは体育館にて体力測定を行う。内容は上体起こしと、反復横跳び、それと握力測定だ。これらはクラスの仲がいい人とペアを組み、互いに記録を測定し合ってもらう」


 その体育教師の言葉に、クラスメイトはザワザワとし始めた。こういう時に、人数が奇数のグループは困るよな。誰か一人をハブらないといけないんだから。


「それでは互いにペアを組んで……ってこのクラスは男子十一人、女子は十三人なのか。男子と女子で奇数の人数となると、三人組のグループを作らなければいけないのか……」


 体育教師が顎に手を当てて難しい顔をすると、女子の方で手が挙がった。その手の方にクラスメイトの視線が集まる。俺もそちらに視線を向けると、手を挙げていたのは結菜だった。


「先生〜。そういうことなら大丈夫です〜」


 結菜はニコニコとした笑顔のまま立ち上がると、ちょこちょことこちらに歩いて来た。それから結菜はごくごく自然な動きで、俺の隣で体育座りをする。


「私、琉貴と組むので安心して下さい〜。これで男子も女子も余りないですよねー」


 その結菜の提案に、体育教師は目をぎょっとさせた。体育教師は驚いているようだが、クラスメイトたちは一切どよめきがなかった。この一週間で俺と結菜がずっと一緒に居るもんだから、クラスメイトたちも見慣れてしまったのだろう。

 結菜はニコニコとしていて、俺もあっけらかんとした顔で座っている。周りのクラスメイトたちも、納得したような顔をしている。そんな俺たちを見て、体育教師はなにかを察したように頷いた。


「そうかそうか。そういうことか」


 きっと体育教師が思っていることはハズレているだろうが、いちいち指摘をするのも疲れるので放っておくことにした。


「そういうことなら、そこの二人はペア確定で頼む」


「はい」「はーい」


 俺と結菜は素直に返事を返す。体育教師は頷き、続いて全体を見回した。


「これで男子と女子共に偶数人数になったから、二人ずつのペアを組んでくれ。ペアが決まった者たちから、反復横跳びのスペースに移動するように」


 その体育教師の指示に、「はい」という返事をする。その返事に満足したのか、体育教師は深く頷いて「一旦解散」と指示を出した。その指示を受けて、クラスメイトたちはペアを見つけるために右往左往を始めた。


「よかったね〜。男女のペアが認められて」


 隣で体育座りをしている結菜が、嬉しそうにこちらの顔を覗き込んだ。そのせいで、彼女の緩くカールしている髪がゆらゆらと揺れる。

 結菜は長袖のジャージを着用しているが、その上からでも分かるくらい胸が大きいので、最初に見た時は驚きと興奮でおかしくなってしまいそうになった。


「ああ、そうだな。男子の中で絶対に余る自信があったから助かったよ」


「ふふーん。これは私の手柄だね。撫でてくれてもいいんだよ〜」


 結菜はこちらに頭を向けてくる。綺麗なツムジが丸出しだ。


「おう。よくやったぞ結菜」


 突き出された頭を、俺はよしよしと撫でてやる。それだけで結菜は「きゃー」と甲高い声を上げて喜んでくれる。

 結菜は普通に座り治すと、満足したようにふんすと鼻息を荒らげた。


「余は満足じゃ」


「まだ体力測定始まってないけどな」


「そうだった〜。今から反復横跳びだったね〜」


 ぽわぽわとした雰囲気を醸し出しながら、結菜がこちらに笑顔を向ける。その笑顔が可愛すぎて、俺は思わず自分の胸を抑える。結菜は元から可愛いのに、笑顔になると百倍くらい可愛くなる。なんてズルい生き物なのだろうか。


「おーい、そこのカップル、イチャイチャしてないで移動してくれないか」


 結菜と二人だけの世界に居ると、遠くから体育教師に声を掛けられてしまった。俺は慌てて立ち上がり、結菜に手を差し出す。結菜は「ありがとー」と言いながら、俺の手を取って立ち上がった。二人で駆け出した時に、結菜が嬉しそうに微笑む。


「ふふふ。カップルだって」


 その声がとても嬉しそうだったので、俺は不意にドキリとさせられた。その胸の高鳴りを隠すように、人差し指で鼻をこする。


「そりゃあ男女が二人で仲良くしてればそう思うだろうよ」


 照れ隠しのつもりでそう言ったのだが、結菜は頬を緩めてにやにやとし始めた。それが鬱陶しかったので結菜の頭にチョップをすると、「いたーい」と泣き真似をしながらも喜んでくれた。

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