いち足すいちは
結菜とファミレスをあとにして、俺たちは帰路に着く。俺の家はここから歩いて十分ほどの場所にあるが、結菜は電車に乗らなければいけないらしい。だから俺は結菜を駅まで送って行くことにした。
「悪いねー。駅まで送って貰っちゃいまして」
「いいんだ。どうせ帰ってもやることないんだし」
「ふーん。琉貴が優しい人でよかったー」
まだ太陽がこちらを見下ろすなか。隣を歩く結菜は、どこか嬉しそうな顔をしている。
女の子を駅まで送るのは普通だと思うのだが、結菜はどこで俺のことを優しい人だと思ったのだろうか。
「結菜も優しそうでよかったよ。雰囲気がふわふわしてるし、喋りやすい」
「雰囲気がふわふわしてるってよく言われるんだよねー。一緒に居ると力が抜けるとも言われたことある」
「あー、なんか分かる気がするよ。一緒に居ると力抜ける」
「ほんとー? じゃあもっとシャキシャキすればいいのかなー」
「シャキシャキしてる結菜は想像出来ないな」
「えー、ひどーい。これでもいつもシャキシャキしてるつもりなんですけどー」
これでもシャキシャキしているつもりなのか。じゃあ気を抜いたら、もっと気が抜けた感じになってしまうのだろうか。それはそれで見てみたいかもしれない。
「へぇ」
「うわ、興味なさそーう」
「あ、ごめんごめん。本当にそんなつもりはなかった」
結菜が頬を膨らませてジト目を向けてくるので、俺は反射的に謝っていた。気分を害してしまっただろうかと思ったのだが、結菜は耐えきれずといった様子で破顔させた。
「ふふふー。やっぱり琉貴は優しいー。可愛いなー、このこのー」
結菜はにやにやしながら、指で俺の腕をつついてくる。馬鹿にされたことに気が付いたのと、つつかれているくすぐったさから、俺の顔に熱が集中する。
「やかましいわ」
「なにそのお笑い芸人みたいなツッコミ〜。可愛い〜」
「それ以上バカにしたら怒るからな」
「あーあー、ごめんねぇ。さすがにからかいすぎたね。反省してるから怒らないで〜」
今度は俺の腕を揺すりながら、結菜は楽しそうに笑った。俺の腕を掴んでいる彼女の手は、線が細くて小さく女の子のものだった。その手の感触にドキドキとしながらも、俺はそれを振りほどこうとは思わなかった。
「分かればよろしい。以後気をつけるように」
「はっ。分かりました。琉貴先輩っ」
結菜は額に手を当てて敬礼のポーズを取った。なんだかこのやり取りがおかしくて、俺と結菜はどちらからともなく吹き出していた。
ああ、めっちゃ楽しい。結菜とは今日初めて会ったばかりだが、ここまで馬が合うとは思わなかった。結菜はノリもいいし、相手を緊張させないし、何より性格もよさそうだ。こんないい子と、俺はこれからの高校生活を共に出来るのか。
「なんか楽しみだわ。今日からの高校生活」
自然と口からそんなセリフが出てきた。それを聞いて、結菜も頬を緩める。
「そうだねー。私もすっごく楽しみだよ。琉貴との高校生活」
琉貴との高校生活。それだけを聞くと、まるで俺たちは付き合っているかのようだ。ただ友達になっただけなんだけどな。
俺が照れて頬をかくと、結菜は満足したように目を細めた。かと思えば何かを思い出したかのように、結菜は制服のポケットからスマホを取り出した。スマホのカバーは目がチカチカするくらいのパステルカラーをしている。
「今日から友達ってことで、記念に一枚写真撮らない?」
「俺と結菜とでか?」
「他に誰が居るんだよー。自撮り自撮り〜」
これは夢にまで見た女の子とのツーショットってやつでは……? まさか高校一日目にして、ひとつの夢が叶うことになるなんて。
「ああ、いいぞ。写真撮るか」
もちろん俺はノリノリだった。結菜は「いいねー」と言いながら、内カメにしたスマホを顔より高い位置で構える。スマホの画面には、俺と結菜の顔が映っている。歩きながらもきちんとカメラ内に俺と結菜の顔を収められるスゴ技から察するに、彼女は自撮りをすることに慣れているのだろう。
「はーい、もうちょっと寄って」
結菜の指示に従い、俺は彼女の斜め後ろに移動した。そして彼女の頭の高さに合わせて、腰をかがめる。するといい感じに、二人とも画面内に収まった。
「じゃあ撮るよ〜。いち足すいちは〜?」
『ハイチーズ』じゃなくて、結菜は『1+1』派のようだ。このまま無言で居ると結菜がかわいそうなので、俺は笑顔を作って「にー」と口にする。そんな律儀な俺を見て、結菜がケタケタと笑う。そこでシャッターが切られると、二人の笑顔が映った写真が画面に表示されていた。
「いい感じに撮れました〜。これ琉貴にも送るね」
「あー、了解。ラインでいいか?」
「うん! ライン交換しよ〜」
ラインとは、無料でメッセージのやり取りや電話が行えるアプリだ。俺はスマホからそのアプリを立ち上げて、結菜と連絡先を交換する。
高校生活一日目で可愛い女の子とラインの交換。俺の高校生活、順調すぎやしないだろうか。
「ありがと〜。トーク埋もれるの嫌だからスタンプ送るね〜」
結菜がそう言った直後、俺のラインに一件の通知が入った。それを開いてみると、結菜から可愛らしい熊のキャラクターのスタンプが送られて来ていた。
「写真は家に帰ったら送るからね」
「ああ、よろしく頼む」
結菜とのツーショット。大切にしよう。
そうこうしている内に、高校の最寄り駅に到着した。駅前は老若男女の姿で賑わっている。
「ここまで送ってくれてありがと〜。すごく心強かったよ〜」
二人でその場で足を止めると、結菜は笑顔でそんなことを口にした。
「おう。気を付けて帰れよ」
「うん! 気を付けて帰ります〜。また明日もよろしくね」
「そうだな。明日から普通に授業が始まるらしいから頑張ろう」
「頑張ろ〜」
結菜は迫力のない動きで、腕を天に突き上げた。最初から最後まで、見ているこっちの力が抜けてしまいそうだ。
「じゃ、またね、琉貴」
「じゃあな、結菜」
互いに名前を呼び合い照れ笑いを向け合ってから、結菜は今度こそ改札の方へと歩いて行った。改札に入る手前で、結菜はこちらを振り返り笑顔で手を振る。女の子らしい可愛さに笑みをこぼしながら、俺も手を振り返す。改札を抜けて行くと、結菜はちょこちょこと歩いて人混みに紛れてしまった。
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