結菜とランチ

 入学初日ということもあり、今日は自己紹介を兼ねたホームルームを終えたのち下校となった。

 黒板の上にある時計を見てみると、正午になろうとしているところだった。


「ねえねえ琉貴ー」


 自分の席で帰るための準備を進めていると、机の前に結菜が立った。


「おー、結菜。もう帰るのか?」


「うん。そのつもりなんだけどさ、さっき仲良くなった女の子から聞いたんだけどね、その人のグループでこのあとランチに行くことになったらしいの」


 そのセリフにドキッとする。まさか結菜は俺を差し置いて、もう友達を作ってしまったのだろうか……とも思いもしたが、俺もさっき男友達が出来たばかりだった。でもその男友達の所属しているグループには、入らない選択肢を取った。なんせ結菜と高校生活を共にするという約束があったからな。


「そ、そうか。じゃあ結菜もその友達と飯食いに行くんだな」


 まあ女友達との口約束なんて、こんなもんだろう。仲良い同性の友達が出来たら、そっちに行くよな。俺は巣立ちを見送る親鳥のような気持ちになり、なんだか残念な気持ちになる。

 しかし結菜は首を横に振った。


「なんでそうなるのー。私には琉貴が居るから他のグループになんて混ざらないよー」


「え、そうなのか? 俺はてっきり、結菜がもう寝返ったのかと思ったんだけど」


「そんな薄情な女じゃありませんー。琉貴ったら酷いなぁ」


 萌え袖をした手を胸の前で握り、結菜は唇を尖らせている。

 でもその結菜の言葉にひどく安心している自分がいた。結菜は俺との約束を律儀に守ってくれる子のようだ。これで俺はぼっちにならなくて済む。


「ごめんごめん。てっきり女の子たちと飯食いに行く話だと思ったからさ」


「違うよー。私は琉貴を誘いに来たの」


「俺を誘いに?」


「そうそう。クラスの人達は自分の所属してるグループで親睦を深めるためにご飯に行くらしくて、いいなーって思いましてですね」


「ほうほう」


「だから私たちもこのあとランチに行きたいなーって。ほら、私と琉貴は今日初めて会ったワケですし。お互いのこと知りたいなーって」


 ダメですかね、と結菜は首を横に傾けた。その表情はどこか不安そうだ。

 おいおい。もしかして俺、このあとこんな可愛い子と飯を食いに行けるのか? 中学校の時は女子となんてほとんど関わりがなかった俺が、高校の入学初日からこんな展開に……。


「ああ、もちろんいいよ。飯食いに行こうか」


 断る理由なんてあるはずがない。俺がそう言うと、結菜は途端に表情をパーッと明るくさせた。


「ほんとに!? やったー、琉貴とランチだー」


 胸の前で手を組みながら、結菜はピョンピョンと跳ねて喜んでいる。さっきも結菜はピョンピョンと跳ねていたし、彼女は嬉しくなるとジャンプしてしまうのだろうか。うん、可愛い。


「んじゃ、ぼちぼち行こうか。腹減ったし」


「うん! 行こう行こ〜う」


 スクールバッグを肩に掛けて立ち上がった俺の隣に、結菜が自然な動きで立つ。学校が終わったあとに女の子と昼食を食べに行けるなんて夢のようで、俺はソワソワとしてしまう心を深呼吸で落ち着けた。


 ☆


 結菜と二人で学校の近くにあるファミレスに立ち寄った。四人がけのテーブルに、贅沢にも二人で向かい合って座る。

 互いに今日仲良くなった友達のことを話したりなんかしていると、注文していた料理がテーブルに届いた。


「琉貴は中学生の時どんな男の子だったのー?」


 結菜はスプーンを使って、目の前にあるグラタンをすくった。彼女が注文したのは、エビグラタンだ。


「俺か? 俺は普通のテニス部だったなあ」


 俺はそう言いながら、フォークでパスタを巻いた。俺が注文したのは、ミートソーススパゲティだ。


「え、テニス部だったんだぁ。ってきりサッカー部かと思っちゃった」


「サッカーやってそうに見えるか?」


「うん。なんか爽やかな感じがサッカー部っぽいなあって」


 そうか。結菜の目からは、俺が爽やかな感じに見えているのか。これは好印象ってことでいいのだろうか。


「結菜は部活はなにやってたんだ?」


「さて、何をしていたでしょうか」


 突如として始まったクイズ。ここは当てに行きたい。

 彼女は指先が細く繊細に見えるし、肌の色も焼けていないように見える。それに彼女特有のほわほわとした雰囲気からは、運動部だったとは思えない。


「分かった。吹奏楽部だろ」


「ぶっぶー。ハズレですぅ」


 結菜は楽しそうにケタケタと笑ってから、スプーンですくったグラタンを口にした。そしてすぐに、はふはふと熱そうに食べる。


「じゃあ美術部だな」


「違いますー。絵はド下手くそですー」


 なんだって。絶対に吹奏楽部か美術部のどちらかだと思っていたのに。こうなってくると、当てるのは難しそうだ。


「ごめん分からん。答えを教えてくれ」


 たまらずに降参すると、結菜は「しょうがないなあ」となぜか胸を張った。


「こう見えて私、バスケやってたんだぁ」


「うそ、まじで?」


「まじまじ。意外にも運動部なのさ」


 肌は日に焼けてないし運動部らしい気の強そうな性格もしていないから、結菜は絶対に文化部だと思っていた。結菜がバスケか……全く想像出来ないな……。


「そうなのか。高校でもバスケ部入るのか?」


「いや、部活は入らないかな。部活は中学でお腹いっぱい。琉貴はどうするのー?」


「俺も高校では部活入らないかな」


「おー、じゃあこうやって放課後に琉貴とデート出来るのかー。よかったよかった」


 デート。たった三文字だけなのに、俺の心臓はドキリと高鳴る。たしかに男子と女子が二人で出掛けるのはデートだよな。ってことは、今のこの状態もデートになるのだろうか。


「そうだな。楽しみだ」


 でも結菜にドキリとさせられたのは悟られたくなくて、俺は当たり障りのない返事を返した。

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