入学初日に友達作りに出遅れたら、同じ境遇だったゆるふわ系の美少女が声を掛けてくれました〜この美少女と高校生活を共にすることになったので結果オーライです〜

桐山一茶

はじめましては

「やっべえ遅刻しちまった」


 桜が舞う春の季節。穏やかな空気が流れる中で、俺だけが慌てていた。

 スマホで時刻を確認してみると、もうすぐで十時になるところ。昨日までは春休みだったのでこの時間でも寝こけていたが、今日からは新しい高校生活が始まる。


「もう入学式終わってる時間じゃねえかよ」


 しかし俺は寝坊をしてしまった。高校生一発目の登校日。しかも入学式の日に、俺はなんて失態を犯してしまったんだ。そんな後悔を頭の中に浮かべながら、高校前の桜並木を一人で駆けていく。入学式は終わってしまったが、まだホームルームには間に合う。その一心で腕を振って走った。


 しばらく足を早めていると、高校に到着した。真っ白の校舎は四階建てになっていて、俺が通っていた中学校の二倍くらい大きい。俺は今日からこの、越冬高校(えっとうこうこう)に通うことになるのか。

 そんな感想は頭の片隅に置いておいて、まずは自分のクラスを確認しなければならない。昇降口に貼られていた張り紙には、一年二組に俺の名前が書いてあった。


「一年二組か」「一年二組かぁ」


 俺の独り言に、誰かの声が重なった。その声に驚いて後ろを振り返ると、そこには一人の女の子が立っていた。ベージュ色の髪は胸下まで長さがあり、毛先は緩くカールしている。大きな瞳は宝石のようで、右目の下には小さなホクロがある。その綺麗な容姿と、学校指定の茶色のセーラー服がよく似合っている。

 女子が茶色のセーラー服で、男子が茶色のブレザーというのが越冬高校の制服だ。


「ごめんなさい。驚かせちゃいました?」


 その女の子は困ったように眉を八の字にさせて、微かに頭を傾けた。


「あ、いや。別に驚いてはないけど……って、もしかしなくても一年二組の人?」


「そうですー。張り紙を見る分には一年二組らしいですね。お兄さんも一年二組ですかー?」


 なんておっとりとした喋り方なのだろう。聞いているこっちの力が抜けてしまいそうだ。


「ああ、俺も一年二組だった」


 俺が頷くと、女の子は目をキラキラと輝かせた。


「じゃあ同じですねー。もしかしてですけど、お兄さんも遅刻ですか?」


「俺もってことは、アンタも遅刻したのか?」


「はいー。春休み気分が抜けませんでした」


「おー、俺も一緒だ。まだ春休みの気分だったわ」


「奇遇に奇遇が重なりますね〜。遅刻仲間が居て嬉しいです〜」


 萌え袖にしている小さな手を口元に当てながら、女の子はクスクスと笑った。その笑顔が可愛くて、まるで小動物みたいだ。身長も俺より十センチくらいは小さそうだし。


「じゃあ遅刻仲間同士、一緒に教室に行こうよ。一人だと心細いし」


「そうですね。そうしましょう」


 お互いに考えが一致したところで、俺は女の子と並んで歩き出す。下駄箱で上履きに履き替えて、校舎の中を歩いて行く。

 隣を歩く女の子は、機嫌がいいのかニコニコしている。その雰囲気は柔らかなもので、ふわふわとしている。


「そう言えば君の名前は?」


「私の名前は袴塚結菜(はかまづかゆいな)って言います〜。お兄さんのお名前は?」


 袴塚結菜って言うのか。初めて聞く苗字だな。


「俺は堀井琉貴(ほりいるき)だ」


「琉貴くんですね。かっこいい名前です〜」


「くん付けで呼ばれるの慣れてないから呼び捨てで呼んでくれ」


「分かりましたー。琉貴ですねー」


「あとそれ。同じ年なんだし敬語もやめていいぞ」


「たしかに。じゃあこれからは呼び捨てタメ口で。私のことも呼び捨てで結菜でいいからね」


「分かった。結菜だな」


 軽く自己紹介も済んだところで、なんとか我らが一年二組の教室に辿り着いた。まだ担任の先生は来ていないのか、教室の中はガヤガヤとしている。

 俺と結菜は二人して、恐る恐ると教室内を覗き込む。


「うわ、もうグループ出来てるじゃん」


「早いね〜」


 教室内に居る生徒たちは、すでに何人かのグループを形成していた。しかも一人も余っていないようだ。


「高校生にもなると、入学初日でグループを作るのか?」


「そうなのかもしれないね。女の子のグループなんて三つに別れてるよぉ」


「男子グループは二つだな」


 教室内は五つのグループに別れていた。男子の二グループと、女子の三グループだ。

 入学式が終わってどれくらい時間が経ったのかは分からないが、ウチのクラスの生徒たちはすでに気が合いそうな仲間とくっついてしまったらしい。


「うわぁ……遅刻すると友達作りにも出遅れるのか」


「遅れてグループに入って行くのも気まずいねぇ」


「ほんとそれ。マジで気まずい。あぁ……なんで俺は遅刻なんかしたんだ……」


 今になって、寝坊してしまった後悔が押し寄せてくる。

 すでに出来上がっているグループに遅れて入って行く勇気なんか、俺には持ち合わせていない。もしかして俺、早くもぼっちというやつになってしまうのではないだろうか。これからの高校三年間を一人ぼっちで……そう不安に思っていると、肩をつんつんとつつかれた。


「なんか面倒くさくない? ここからグループに入って行って、必死に友達作るの」


 結菜は大きな瞳を丸くさせながら、俺の顔を覗き込んだ。眉を隠すように切られた前髪が、その動きによって揺れる。


「ああ、めちゃくちゃ面倒くさい」


「だよねー。私も面倒くさい。だからさ、もう私と琉貴の二人で過ごさない? これからの高校生活」


 ふざけた調子ではなく、結菜は真剣な眼差しをこちらに向けている。どうやら冗談を言っているようには見えない。


 この高校に入学するのが決まった時、なんとなく俺は中学の時みたいに男子とばかり仲良くするもんだと思っていた。それが当たり前だったし、きっと同性と一緒に居ることが普通なのだろう。そんな予想をしていた人生に、突如として投げかけられた問い。これからの高校生活を、こんな可愛い女の子と一緒にか……。

 なにかを考えるよりも早く、俺の答えは決まっていた。


「そうだな。そうしようか」


 特に断る理由もなく、むしろありがたい提案だったので俺は首を縦に振っていた。すると結菜は目を輝かせてから、にこりと微笑んだ。


「嬉しい〜。友達出来ちゃった〜」


「あはは。とりあえず一人ぼっちにならずに済んで安心したよ」


「そうだね〜。これで高校生活も安泰だぁ」


 結菜は本当に嬉しそうに、その場でピョンピョンと跳ねている。雰囲気がふわふわとしていて、小動物みたいで可愛い。


「じゃあこれからよろしくな。結菜」


「はい! 琉貴も私のことよろしくです〜」


 俺が手を差し出すと、結菜はなんの躊躇いもなく握ってくれた。柔らかで温かい手だった。

 二人で握手を交わしてから、教室に体を向ける。二人で教室に入る頃には、なんの緊張や不安もなくなっていた。

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