短いお話と語り手
おかゆ
回転台の村
いらっしゃい。初めまして。私はしがない語り手だよ。ってちょっと!待って待って待って。せっかく来たんだからさ、ちょっとしたお話でも聞いていかない?ね?ね?
よし来た!はいこれ椅子ね。座って座って。
お話を始める前に、私とちょっとした約束をしてほしい。お話を1つ聞いたら、ちゃあんとお家に帰ること。なんたって君のお家のフライパンやお風呂の水や、君に恋する一途なハリガネムシなんかが君をとっても心配するからね。あんまり暗いと帰り道が分かんなくなっちゃうし。よし、約束だよ。それじゃあはじめよっか。こほん。
今宵語りますのは、とある小さな村のお話。回転台の上に建てられたとある村の話。本日の椅子はくるくる回る特別仕様ですので、振り落とされることのないようくれぐれもお気をつけ下さい。それでは開演でございます!
『回転台の村』
あるところに、とってもへんてこな村があった。どのくらいへんてこかと言うと、ため息をつくと口の中からぶさいくな猫ちゃんが飛び出てきちゃうくらい。とにかくとってもへんてこな村だった。
それでね。どんな風にへんてこなのかというと、その村は回転台の上に建てられた村だったんだ。要するに、地面がくるくる回る、とってもおかしな村だったってこと。
けれども村の人たちはみーんな、生まれた時から回る地面の上で暮らしているから、普通にご飯を食べたり、のんびり歩いたり、寝そべったりして暮らしていた。気の向くままに暮らしていたんだ。
けれどある時、一人の若い村人が回転台の上で走り始めた。理由なんて知らないよ。なんとなく走りたい気分だったとか、逆に歩きたくも座りたくも寝っ転がりたくもなかったとか、きっとそんなんだね。たまに誰かが走るだけなら特に珍しい話でもない。でもこの若者はちょっと風変わりだったんだ。
ともかく若者は走りはじめた。自由気ままに走った。汗をかくし脚も疲れるけれど、若者は走ることが楽しかった。火照った肌に吹く涼しい風、足の裏から伝わる地面の感触、いつもより速く流れる風景。そういういろんなものが気に入ったから、若者は走ることが好きになった。
若者は気ままに走り続けた。当然、他の村人は若者のことを全然気にしなかった。だって回転台の上の人は自由気ままに暮らしていたからね。みんなが自分のしたいことをしているんだ。誰が走ってたってご飯を食べてたって、逆立ちをしてたって、なんにも気にならない。ちっとも気にならないんだ。
ある村人は洗濯物を干して、また別の村人はお酒を飲んで歌を唄って、若者は走った。つまりはそんな日々が過ぎていったんだ。地面が回るだけの、自由気ままな村。素敵だと思わない?
うん?逆立ち?あぁ、もちろんいたよ!その子は時たま、家の前とか料理をしてるお鍋の中で逆立ちをしていた。愉快でしょう?私はああいう子が大好きなんだ。
ともかくね。そうするうち、村の外の景色を見ていた一人の村人が、なんかよく分かんないけどなんとなく変だな、って思った。なんだか周りの景色がいつもより少しだけ、ほんの少しだけ速い気がする。その村人は他の村人を見回すけど、やっぱりよくわからない。みんないつも通り暮らしていたから、気のせいかなと思った。でもやっぱり景色が変だった。そうして頭を捻っている内に、ずっと走り続けている若者が不思議と目に付いた。そして気付く。「そうか!分かった。あいつみたいに走れば、村の外の景色はいつも通り見えるじゃないか!」ってね。名推理でしょう?
そうして賢いのかお馬鹿なのかよく分かんない、でもちょっとチャーミングな村人は若者の横に並んで走り出した。そうすると周りの景色が前と同じになったから、その村人は安心した。そして毎日一緒に走るようになった。
けれどある時、村人はまた気付いた。また村の周りの景色がおかしくなってるんだ。走るペースはそのまんまなのに、また景色が速くなっている。
2人は相談して、もう少し速く走ることにした。2人はまた、景色が元通りに見えるようになって安心した。
そうしているうちに、また別の村人がおんなじように景色の変化に気づいて、おんなじように2人の仲間になった。みるみるうちに仲間は増えて、回転台の村は前よりもうんと速く回るようになった。うんとだよ?もうさ、朝から晩までぐるぐるぐるぐる回ったんだ。面白そうでしょう?君なんてきっと目がぐるぐる回って転んじゃうよ。
いつしか台の上から洗濯物がびゅーっと飛んでいったり、お鍋が転がったりするようになった。風が強くなって、台の外に落ちていく村人も出てきた。これは困ったぞ。みんなはそう思った。だって回転台から落ちるのは怖いし、お鍋がなかったらご飯だって作れないからね。
でもね。みんなは走ることを止めることはできなかったんだ。回転台がぐるぐるぐるぐる、もの凄い速さで回るんだもの。ずっと走ってないと台から落っこちちゃうんだ。だからみんなは走るのをやめられなくなった。
うん?そうだね。確かに全員で息を合わせて、少しずつ少しずつ走り方をゆっくりにすれば村は元通りになるかもしれない。でもそんなこと、村のみんなにはわかっていたんだよ。もちろんね。
でもさ、やっぱり怖かったんだ。もしタイミングを間違えてしまったら?自分だけがゆっくり走ったら?足を止めたら?そう。きっと村から落っこちてしまう。落っこちるのは誰だって怖い。なにせとびきり痛いからね。ほら、みんなでペースを合わせるのはいつだって難しいものでしょう?だから村人たちは、みんな全速力で走り続けるしかなかった。
誰も足を止めない。回転台は止まらない。だったら振り落とされないように、もっともっと速く走らなきゃ。
回転台は速くなる。ぐんぐんぐんぐん速くなる。
回転台は速くなる。ぐるぐるぐるぐる回り続ける。
止まらない。回転台は止まらない。
そうして村人たちは一人、また一人と台の上から落ちていった。最後の一人がヘトヘトのクタクタになって走れなくなるまで、回転台は回り続けた。そうしてみーんな落っこちて、ようやく回転台は止まりましたとさ。めでたしめでたし。
おしまい。『回転台の村』でした。ぱちぱちぱちぱち。ほら、もうすぐ暗くなるからさ、約束通りお家におかえり?ただしくれぐれも走っちゃだめだよ。だってこけると痛いからね。落っこちないようにゆっくりのんびり歩くことだ。分かったかい?それじゃあまたね。
短いお話と語り手 おかゆ @okayu_mochi_
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