第3話 ギンナン・トラップ その8
「行けばいいにゃん?」
“それのなにが問題にゃん?”と首を傾げる小雪のとなりで、理久の意図を理解した華穂がおずおずと口を開く。
「もしかして、理久さんがトイレに行く時ってあたしたちも一緒に……だよね」
「当たり前にゃん」
「え、だって、そんな……」
またしてもうろたえ始める華穂に冰雨が理解を求める。
「それは……三人一緒なのはしょうがないことです」
もちろん、華穂は納得しない。
「いやいやいや、無理無理無理」
そんな華穂へ小雪が意地悪そうな笑顔を浮かべる。
「でも、この先、お風呂とかもあるにゃん」
華穂の顔から血の気が引くのが理久にもわかった。
「お、お風呂? 絶対無理、絶対無理」
「そうは言ってもですね」
なだめようとする冰雨にも食ってかかる。
「だって理久さんは男の子だよ? 一緒にトイレとかお風呂とかありえないありえない」
「小雪は気にしないにゃん」
涼しい顔の小雪と上半身だけでじたばたする華穂に理久が声を掛ける。
「いやトイレも入浴も左手は絶対に使わないように努力するから」
が、その一言は理久の意に反して華穂にリアルな想像を喚起させたらしく、さらに“じたばた”が激しくなる。
「ダメダメダメダメ、絶対無理、絶対無理、絶対無理」
それまで黙って見ていた夜霧が“このままでは収拾がつきそうにない”と参戦する。
「トイレやお風呂が一緒ったって変身中の華穂からは排出物も老廃物も出ないっすから、それらが必要なのは理久くんだけっす。理久くんが恥ずかしがるならともかく華穂にはなんの不具合もないはずっす」
四面楚歌の華穂がついに泣き出す。
「そういう問題じゃないでしょお、もお」
そんな華穂の頭を“よしよし”と撫でる小雪を見ながら夜霧が提案する。
「じゃあ、そのグローブのさらに上から装着できるオーバーグローブというかハンドカバー? フィンガーカバー?――を、作ってやるっす。理久くんがトイレやお風呂の時はそれで左手ごと華穂たちを覆って五感を遮断した状態にするっす。それしかないっす。いいっすか?」
「そ、それなら……いい、です」
ようやく納得した華穂の頭を撫でたまま小雪が笑う。
「じゃあそれで解決にゃん。あんまり嫌がると理久が傷つくにゃん」
その言葉に華穂が改めて赤い顔を伏せる。
「ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃないけど……でも、でも」
そんな華穂に理久は明るく笑ってみせる。
「いや、気にしてないよ」
確かに理久は傷ついてなかった。
理久がこれまで見てきた華穂は自身の姿が理久の親指に変わっていると気付いた時ですらまったく動揺していなかった。
そんな華穂が見せた一連の“まるで別人のような取り乱しっぷり”は、理久からすれば思わぬ素顔を見たようで“トキメキ”こそすれ傷つくようなことではなかったのである。
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