第3話 ギンナン・トラップ その5
「えええええええええっ」
本来なら最も驚き、声を上げるはずの理久を差し置いたのは華穂だった。
一方の理久はといえばあまりの衝撃に画面を見たまま固まっている。
冰雨が理久に深々と頭を下げる。
「私たちの力不足で七尾碧海さんをこっちの世界へ戻すことができないまま、そして、消息を掴むことができないまま一年が経過してしまいました。本当に申し訳ありません」
一気に室内の空気が重くなった。
その空気に一穴を開けたのは他ならぬ当事者の理久。
「えーと……」
理久は右手で頭をかいてぽつりと問い返す。
「なぜ、ウチの碧海が、フェアレーヌの一員に……」
問いながらもうひとりのフェアレーヌであるSORAについても、その名に聞き覚えがあることを漠然と思い出す。
それは碧海が“親友”として家に連れてきたことがあった同級生の名前だった。
“ウミの親友がソラか、漫画みたいだ”と無意味に感心したことを憶えている。
そんなことを考える理久の前で冰雨がポケットから取り出したのは、学校で華穂に“カートリッジ”と言って渡したものと同じ小さな水晶玉。
「これを」
冰雨はその水晶玉を華穂ではなく理久に差し出す。
「僕?」
理久が戸惑いながら伸ばした右手に冰雨が水晶玉を乗せる。
手のひらに乗った水晶玉にほんのりとした暖かさを感じるが、それが水晶玉から発せられている熱なのか、ずっと持っていたらしい冰雨の体温によるものなのかは理久にはわからない。
そもそも、なぜこのタイミングでこれを渡されたのかがわからない。
訝しげに手のひらに載った水晶玉を見る理久をよそに冰雨が華穂を促す。
「華穂」
「はーい」
呼ばれた華穂が理久を見上げる。
「理久さん。それ、貸して」
「うん」
水晶玉の乗った右手を華穂が両手を伸ばしている左手に寄せる。
学校の渡り廊下で見たのと同様に、華穂の小さな手が触れた瞬間、水晶玉が弾けて消えた。
まだ意味のわからない理久に華穂が微笑む。
「まだわかんない?」
理久は戸惑っている。
「なにが?」
その様子に小雪がくすくすと笑う。
「消えた玉は呪ELエネルギーのカートリッジで、構成しているのは“呪EL源素”っていう呪ELエネルギーの元だにゃん。その源素をエネルギーに変換して取り込むことができる体質の持ち主がフェアレーヌになれるんだにゃん」
「ということは――」
理久は頭の中を整理しながら目線を華穂と小雪から冰雨に戻す。
「――碧海もそういう体質だったと」
「はい。ご理解いただけましたか?」
「……理解した」
そして、ひとりごちる。
「そのために碧海は境界域で侵略者と戦うはめになった。そして、消息を絶った――ってこと、を」
冰雨が再度、頭を下げる。
「申し訳ありません」
全身から謝罪オーラを放射しているかのような冰雨に理久もまた頭を下げる。
「ありがとうございます」
その言葉に冰雨、華穂、小雪が戸惑う。
「……?」
「理久さん?」
「にゃん?」
理久が頭を下げたままで訥々と答える。
「ずっとなにが起きているのかわからなくて、妹を探す手掛かりもなくて、家出なのか事故なのか事件なのかもわからなくて……。でも、いなくなった真相がやっとわかって……。よかった。ありがとうございます、教えてくれて」
そして、顔を上げて冰雨をまっすぐに見つめる。
「もうひとつ教えてください。妹を探すために、そして、連れ戻すために僕にできることはありますか?」
冰雨もまた正面から理久を見る。
「私たちICRが最優先でやらねばならないことはクリスタルメーカーに捕らわれているフェアレーヌ5の残り三人と一年前からクリスタルメーカーの神経叢室にいるSORAの救出、そして、碧海の所在特定と救出です」
理久が頷く。
「理久さんには一体化してしまった華穂と小雪の分離方法が判明するまでは一緒にこのプロジェクトに参加、協力をお願いしたいのです。碧海を探して連れ戻すためにも。よろしいでしょうか?」
問われるまでもなく理久の答えは決まっている。
「僕の
その時、扉が開いた。
「冰雨室長、いいっすかー」
入ってきたのは下ろせば長そうな髪を頭頂部で丸めてかんざしで留めている白衣姿の女だった。
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