第2話 魚の告白 その6

 “われーわれー”

 なんの損傷もない見た目はもちろん、鳴き声からもまったくダメージがないことが理久にもわかる。

 そんなナンバー四五にがくりと肩を落とす理久と、一転してテンションを戻す索漠。

「よしよしよしよしだぜ。ナンバー四五。さすがは全ト・ドゥーフ剣の中で過去最強の塵硬密度じんこうみつどなのだぜ」

 意味はわからないが硬さを表すものなのだろう――理久はなんとなくそう思う。

 さらに索漠が続ける。

「今度はオマエの力を見せてやるのだぜ、ナンバー四五っ」

 煽られたナンバー四五は“われーわれー”と鳴き声を発し、全身から十個のソフトボールサイズの球体を理久目がけて撃ち出す。

 思わぬ飛び道具に理久が慌てる。

「うわ、なんか出したぞっ」

 華穂が両手をばたつかせる。

「おおおおお落ち着いてっ」

 立ち尽くす理久の頬を掠めて十個の球体が通り過ぎる。

あつっ」

 思わず声を上げた理久は直後に感じたイヤな臭い――掠めた球体によって焦げた自分の髪の臭い――に顔をしかめる。

「理久さんっ、大丈夫っ?」

 理久は加速した鼓動と噴き出す冷や汗の中で平静を装う。

「あ、ああ。大丈夫。うん」

 索漠が笑う。

「“熱々あつあつテンタクルボール”だぜ。思い知ったか」

 そして、改めてナンバー四五に指示を出す。

「行けっ。熱々テンタクルボール第二群っ」

 改めて撃ち出される十個のテンタクルボールが再度、理久へと迫る。

 理久は飛来する正面の一球へと左手を向ける。

 本体へのダメージは無理でもこっちなら撃ち落とせるかもしれない――そんなことを考えて半ばヤケクソで叫ぶ。

「発射っ」

 再度、撃ち出された呪能砲がテンタクルボールに直撃する。

 しかし、今度も派手な火花を散らすだけでテンタクルボールを破壊することはできない、撃ち落とすことはできない、わずかに軌道を変えることしかできない。

 降り注ぐようなテンタクルボールに理久の身体が硬直する。

 脳裏に小学生時代のドッジボールがフラッシュバックする。

 “あの時も避けることができず硬直するだけだった”などとどうでもいいことを。

 だから苦手だった、だからホームルームで“ドッジボール廃止論”を訴えた。

 それに対してクラスの実質的なリーダーである――昭和の言葉で言うところの――“ガキ大将”は理久を詰った。

 “イヤなことから逃げるなヒキョーモノ”と。

 担任はその意見を是とし、理久の提案を蔑んだ。

 理久は納得しなかった。

 そういう“ガキ大将”は合唱の練習や掃除当番を女子やおとなしい男子に押しつけて、真っ先に逃げてるじゃねえか。

 自分はそうやっていつも逃げてるくせにどの口で言ってやがる。

 担任も担任だ、そんな結論に納得するとでも思ってんのか、こっちがこどもだからってそんなダブルスタンダードに気付かないとでも思ってんのか。

 などと“どうでもいいこと”を思い出す理久の身体が「えいっ」という華穂の声とともに左側へ引っ張られる。

 バランスを崩しながら重心に合わせてよろめくかたわらをテンタクルボールのいくつかが通り過ぎ、いくつかが足元の荒野をえぐりとばす。

「大丈夫っ?」

 華穂の声を受けて我に帰る。

「だ、大丈夫。ていうか今のは?」

「今の? なにが?」

「いや、僕の身体を引っ張って……」

 テンタクルボールを回避した瞬間、なにもできず立ち尽くすだけの理久を引っ張ったのは華穂だった。

「あんなこともできるのか」

「無我夢中だったから……。でも、すごいよねえ」

 まるで他人事な感心口調の華穂に理久は頭を下げる。

「ありがとう、華穂ちゃん。でも――」

 顔を上げた理久は改めて索漠とナンバー四五を見る。

 その姿は心なしか余裕に満ちて、勝ち誇っているようにも見える。

 理久はリストバンドに目を落とす。

「――ダメだ。呪能砲が全っ然、通用しない」

 絶望感から顔色を無くす理久を華穂はじっと見上げている。

「……華穂ちゃん?」

 不意に華穂の目から涙がこぼれた。

 なにが?――と理久が思った瞬間、華穂が泣きじゃくる。

「ごめんなさいごめんない。巻き込んじゃってごめんなさい。こんなことになるなんて、ごめんなさい」

 そんな華穂へ理久は無理に笑ってみせる。

「いや、怒ってない怒ってない。怒ってないよー。責めてないよー。ただ……困ってるだけだよー」

 泣く華穂をあやす理久――そこへ索漠が叫ぶ。

「第三郡。行けっ、だぜええええええ」

 理久はその声に顔を向ける。

 ナンバー四五から三度みたび撃ち出された十個のテンタクルボールが飛来する。

 ダメだ――理久は無意識に華穂を庇って半身になる。

 しかし、華穂が理久の身体をひきずるようにぐるりと回転させて前に出る。

「ダメっ。あたしが理久さんを守るのっ」

 理久が返す。

「いや、無理だってばっ」

 飛来するテンタクルボールに理久は自分のできる“唯一の抵抗”として呪能砲を撃つ――ムダだと知りながら。

 華穂もまた自身の持つ唯一の武器――とはいえ、ついさっき撃てないことを把握したばかりの――呪EL銃を撃つ。

 直後に、図らずも同調したふたつのエネルギーが融合した。

「え?」と理久。

「マジ?」と華穂。

 理久の放った呪能砲は華穂の呪EL銃と同調することで四散し、視界全体に拡散する。

 そして、テンタクルボールをすべて撃ち落とし、さらに一部の流れ弾がナンバー四五とロングコートの下で球体に浮かぶ索漠の本体を撃ち抜く。

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