第2話 魚の告白 その4
気が付けば触手までざっと五十メートルほどの位置に達していた。
“夢で見た場所まであとわずか”と緊張の高まる理久に華穂が――
「理久さん、止まって」
――声を掛けた。
ぎくりと立ち止まった理久に、さらに、ささやく。
「そこにいる。触手のとこ」
理久はじっと目を凝らす。
並んだ触手の一本を背にして待ち構えているのは“ロングコートを羽織った球体に浮かぶ乳児”の索漠と、その索漠が“ト・ドゥーフ剣ナンバー四五”と呼んだ軽自動車ほどの臓物塊。
それらの放つ殺気に押されながら華穂から聞いた話を反芻し、つぶやく。
「……これが侵略者」
華穂が答える。
「そう。イヤユメ。そして、この境界域があいつらにとって“あたしたちの現実世界への唯一の侵攻経路”」
索漠が球体の中で口を開く。
「ずいぶん遅かったんだぜ?」
バカにしたような口調に華穂がいきりたつ。
「ちょっと座標が違ってて……。て、いいでしょ。そんなこと」
「確かにどうでもいいのだぜ。この場でぶっ殺してやるんだからなあああああああっ」
物騒な物言いに唾を飲む理久だが、華穂は動じない。
「あたしだってそっちの都合なんかどうでもいいわよ。触手の中のみんなと――」
臓物塊のナンバー四五を指差す。
「――その中にいる小雪ちゃんを返して」
しかし、索漠は例の“乳児にしては違和感のある”にやにや顔でナンバー四五を一瞥する。
「返す? もともと
一転して華穂の目が泳ぐ。
「た、確かにそうだけど……」
事情を知る由もない理久にはよくわからないが、口ごもる華穂の様子から正論をぶつけられているらしい。
そんな華穂に対して、よくわからないまま心中で”がんばれ”と応援する理久へ索漠が話しかける。
「そこの男」
「僕?」
「オマエもそう思うだぜ?」
いきなり意見を求められた理久はどう答えるのが正解かわからず、目を落とす。
手元から見上げる華穂と目があった。
援護射撃を求めるような涙目と。
理久は顔を上げて、索漠を見据える。
そして、答える。
「僕としては“当人の意志が尊重されるべき”とか思ったり」
これが事情を知らない理久にできる唯一の“ご提案”だった。
とはいえ、この答えに自信があるわけではない。
元から優柔不断な性格なのである。
こんなんでよかったのか? もっとはっきり“自分は華穂の味方であり侵略者に与するつもりはない”という立場を明確にすべきだったのか? などと発言してから臍を噛む。
さらに、こういう性格が妹を助けられなかったことにも関係してるんだろうな――と、自己嫌悪に陥る。
しかし、華穂は理久の言葉に“我が意を得たり”と声を上げる。
「そ、そーよそーよ。小雪ちゃんがどう思ってるかが一番大事でしょ」
勢いづく華穂の様子に索漠は舌打ちをひとつ。
「……じゃあ訊いてみるのだぜ」
その言葉に理久は“見た目に反して物わかりがいいヤツなのか、索漠くんは”などと思ってほっとする。
一方の索漠は“そんな理久の心中などどうでもいい”と、臓物に向き直る。
「ナンバー四五、小雪を出すのだぜ」
“われー”
ナンバー四五が一声吠えて、学校でやって見せたように構成する臓物の一部を持ち上げて結晶化された少女の姿をさらけ出させる。
キラキラと光の粒をまとった水晶細工のような少女像に理久は思わず息をのむ。
索漠が背後の触手群を振り返り、語り掛ける。
「結晶化を一部解除するのだぜ」
触手の一本が光を放ち、それに呼応するかのように少女結晶が弾けて華穂と色違いのミニドレスに身を包んだ少女が現れる。
そして、その姿がさらに変わる。
一匹の魚へと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。