第2話 魚の告白 その1

 理久は周囲の様子から、ここが“夢で見た所”であることを瞬時に悟る。

 ただ違うのは夢の中ではすぐ目の前に生えてきた十本の触手がずっと遠くに見えていること。

「うううううう」

 理久は左手でうなっている渋い表情の華穂に目線を落とす。

「どうした? どっか痛い?」

 華穂が理久を見上げる。

「そうじゃなくて……。ちょっと座標がずれてたみたいで」

 そう言って理久の右手に乗ったままの機械部品の塊に目を向ける。

 そういやこれってなんなんだ?

「これって? なに?」

「転送装置、暫定版の。いつもは小雪ちゃんていうコがあたしたちを転送させてくれるんだけど今はあいつらに捕まってるから」

 理久は中庭で見た臓物塊に埋もれて眠る結晶少女を思い出す。

 確か、そのを華穂は“小雪ちゃん”と呼んでいたはずだ。

 華穂は大げさなため息をひとつ。

「本当はもっと近くに出るはずだったのになー」

 そう言って遠くでゆらゆらと直立している触手を眺める。

 つまり、いつもは自分たちを転送してくれる“小雪ちゃん”が捕まっているので暫定版の転送装置を使ったら、なんらかの手違いで離れた“ここ”に降り立ってしまったということらしい。

「どうすりゃいいんだ?」

 一緒になって触手を眺めて問い掛ける理久に、華穂はため息混じりに答える。

「歩いていくしかない、かな。走ってもいいけど」

 理久は機械の塊を制服のポケットに押し込みながら答える。

「……歩くよ」

 走るのはあまり好きではないのだ。

 そして、早速訊いてみる。

「ところで、ここって……どこ?」

「夢の世界の最深部。あたしたちは“境界域”って呼んでる」

「境界? なにとの?」

「イヤユメっていう……“侵略者たちの世界”との」

 理久の頭にさっき見た乳児と臓物塊がよぎる。

「あいつらが、侵略者……か」

 半ば無意識につぶやいて歩き出す。

「ここが“夢の世界”ていうのは?」

 華穂は「どーいったらいーのかな」とひとりごちて答える。

「えっとねえ、寝てる時に夢って見るよね」

「うん」

「その“夢の世界”の一番奥っていうか深い部分? ……みたいな」

 その言葉に理久は小学生の頃にオカルト雑誌で読んだ記事を思い出す。

「つまり、意識の底の方ってこと? 人間の意識って深い部分じゃみんなつながってる説みたいなのを読んだことがあるけど……。それかな」

「うん、まあ、そんな感じ……だと思う」

 華穂自身もあまり理解できてないらしい。

 とはいえ、それ以上、問い詰めようとは思わなかった。

 華穂がそのていどの認識で問題ないのなら“部外者”あるいは“新参者”もしくは“巻き添え”の理久が詳しいことを知っても意味があるとは思えない。

 意味がないことを詮索するのは無駄以外の何物でもない――そんなことを思う理久は“効率主義者”なのである。

 悪く言えば“ただのメンドクサガリ”なのだが。

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