第1話 明るすぎる親指姫 その3
ひとつは夢の中で見たものよりひとまわり小さい軽自動車サイズの臓物塊。
もうひとつはロングコートの男――と思いきや、よく見るとコートを羽織っているのは手足の生えた直径五十センチのほどの球体で、さらにそれは液体で満たされているらしく内部にひとりの乳児が浮かんでいた。
その乳児が球体越しに理久を見ている。
殺気を放ちながら。
見慣れた中庭を背景にした“明らかに尋常ではないふたつの異物”と、そこから自分たちに向けられている殺気に理久がたじろぐ。
その左手から華穂が挑みかかるように声を上げる。
「
ロングコートの乳児が口角をつり上げて笑う。
その表情から理久は“コイツの名が索漠らしい”と理解するが、同時に乳児の外見には似合わない表情が見せる不気味さに背筋が凍り付く。
一方の索漠は、そんな理久など眼中にないように華穂へ答える。
「現実世界に来れば追いかけてこられないと思ったか。結晶化させたオマエの仲間から供給する“
そう言って臓物塊へささやく。
「見せてやれ」
その言葉を受けて臓物塊の垂れ下がった臓器の一部がぐいと持ち上がる。
そこには夢で見た“結晶化された少女のひとり”がヒザを抱えて眠っていた。
華穂が叫ぶ。
「小雪ちゃんっ」
さっぱり状況が理解できない理久だが“やばい事態に陥っていること”だけは直感でわかる。
索漠が球体の中でごぼりと声を上げる。
「ト・ドゥーフ剣ナンバー四五。やれっ」
“われー、われー”
奇妙な鳴き声らしきものを上げながら臓物塊がずいと前に出る。
理久の左手で身構える華穂。
戸惑う理久。
そこへいきなり数発の銃声。
銃声?
学校で?
理久が周囲を見渡すより早く、華穂が発砲の主を呼ぶ。
「
渡り廊下の向こうで黒いスーツにポニーテールの女が臓物塊に銃を向けて立っていた。
女が理久に向かって口を開く。
「大丈夫ですか?」
理久の左手が理久の意思とは無関係にぐいと上がる。
その先で親指の華穂が――
「大丈夫だよーっ」
――と、大きく手を振る。
索漠が忌々しげにささやく。
「一旦、引き上げるのだぜ。ナンバー四五」
ぶつぶつと空いた銃創から血を滴らせるナンバー四五と索漠の姿が消える。
誰もいなくなった中庭をぽかんと見ている理久のもとへ女が駆け寄り、華穂に声を掛ける。
「無事でなによりです」
理久はそう言って微笑む女を見て“きれいな人だな”と思う。
そんな理久の視線に構わず、女はウエストバッグに銃を収めると入れ違いに取り出した直径一センチほどの水晶玉を華穂へと差し出す。
「カートリッジです」
「ありがとーっ」
水晶玉は華穂が受け取るように伸ばした両手に触れると同時に弾けて消える。
なにが起きたのかと自身の左手に目を見張る理久だが――
「で、七尾理久くんにはこちらを」
――女から名を呼ばれて、慌てて顔を向ける。
女が手にしているのはリストバンドだった。
理久は改めて女の顔を見る。
その顔に見覚えはない。
「いや、誰?」
女は答えず華穂のいる左手をとると、その手首にリストバンドを巻き付けてぱちんと固定する。
華穂が女に問い掛ける。
「完成したんですか?」
「テストはできてませんが、理論上は使えるはず――とのことです。あと、これも」
続けてウエストバッグから取り出したのはテニスボールほどの機械部品の塊。
差し出された理久が無意識に右手で受け取ったのと同時に華穂が女に手を振る。
「じゃ、行ってくるっ」
女が深々と頭を下げる。
「よろしくお願いします」
そして、顔を上げて理久を見る。
「理久くんも」
しかし、理久はわかっていない。
なにが“お願いします”なのか、この機械部品の塊がなんなのか。
「いや、だから、誰? ていうか、お願いします? なにを? この機械って――」
混乱からか少し早口になってしまった理久の問い掛けを華穂が遮る。
「理久さんっ。それ」
「あ? ああ。はい」
言われるまま右手に乗せたままの機械部品を華穂に差し出す。
華穂の小さな手が触れると同時に機械部品の塊が四方にばちばちと火花を散らす。
次の瞬間、理久の身体は大小のクレーターが穿たれた荒野にあった。
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