羊のいない夜・3

 放っておくのは寝覚めが悪いが、彼について回ったとて手伝えることなんて特にない。せいぜい物置を案内する程度だった。

 ミズ・ペネロペには物置と言って案内された記憶があるのだが、これはそんな規模ではない。扉を開ければ予想の五倍は広く、ほぼ蔵だった。

「思い当たるものとかあるんですか?」

「うーん、いや」

 客人カイン・ペイファは渋い顔で蔵を物色しながら首をひねる。ミズ・ペネロペの素っ気ない説明では大雑把になんでも手に取ってみるしか対策のしようがない。

「俺にも皆目見当もつかない」

 ちなみに一度、適当に一つ選んで持ち出そうとしてみたがあえなく失敗している。

「それにしても物置がこんなにひどい有様だったなんて……」

 こんななんでもいらないものを詰め込んだみたいなガラクタの倉庫から姿形もわからない特定のものをどうやって見つけ出せと言うのだろうか。一つの棚に人形を含め古い玩具、何かの箱や器、何故生きているのか木の苗が生えた鉢植え、煉瓦、置物、その他全くまとまりのない品々。上段は何も置かれていないし下段はもので溢れてはみ出している。

 見ているだけで具合が悪くなりそうだ。ミズ・ペネロペはなぜこれを放置しているのだろう。

「今度片付けなきゃ……」

 未来のことを考えて気が滅入ってくる。

「なんかあります……?」

「う〜ん、」

 武器に馴染みがあったのか騎士はクロスボウを眺めていたが、棚の空きスペースに戻してまた探し出す。

「出会った時に『見つけた』と思うのか、出口で試してみないとわからないのかどちらなんだろうか。何も聞いていないから難しいな」

 本当に何も分からない。これは訊いてみないと埒が明かないかもしれない。あのミズ・ペネロペの不親切さは一体どうしたのだろう。小さな使用人たちもずっと会ってないけれど、深夜にはみんな寝静まっているのだろうか。彼らはいつもどこで寝ているんだろう。

「あれ?」

「どうかしたんですか?」

「いや、何か今あったような、……なくなってしまった」

 疲れかな、と突然強い光を見たかのように瞬きをして眉間を抑える。その際に触れてしまったのか棚に乱雑に並べられていたものが雪崩を起こし、騎士の足元に散乱する。

「うおっと」

「…………。少し外の空気を吸ってきます」

 空気の流れに埃が舞って、今夜のことを全部投げ出したくなる。かろうじて必要なことを言い置いて混沌とした物置を離れようとドアノブを掴んで。

「探し物は順調ですか」

「きゃあっ!」

 開けたすぐそこに人がいて、うっかり叫ぶ。

「奥さま!?」

「びっくりした、ペネロペ?」

「はい」

 私ですよと返事をする侍女に、「どのくらいほったらかしなの」と苦情を述べる。

「申し訳ありません。この部屋については仕方がないのです」

「片付けたくても手をつけられないってこと?」

「ええ」

 そこまではっきり言われては責めようもない。

「……白い子たちは?」

「羊たちは今夜はお役に立てません。客人がこの屋敷にいる限りは一匹も出てこないでしょう」

「成程。やっぱりここの方々にとって俺は邪魔者なんだな」

 声を潜めて質問をしたのに耳の良い剣士はしっかり聞き取ってそう処理した。

「ペネロペ、」

「いや。当たり前のことだ。こんな夜にずかずかと入り込んできた者なんて歓迎できるわけもない。早く出なければ」

 邪険にされることに慣れているのか、ただ冷静に彼は言う。

 それに対し、ミズ・ペネロペは少し肩をすくめ、以前と比べて柔らかい話し方に切り替えて話し始めた。

「配慮が足りませんでしたね。先程も申しましたが貴方のような方は、珍しくはないのですよ。みんな慣れています」

 騎士は手を止めて侍女を振り返る。

「この屋敷のある白樺の森ビルケ・ヴァルトは、針葉樹の森の奥にあるとされています。しかし針葉樹を分け入るだけでここに辿り着くわけではありません。外と根が繋がっていて、しかし隔絶もされている幻の空間。すなわちそれが神の土地というものです」

 女家令の話を飲み込もうと、客人は眉間に皺を寄せて静聴している。それとは別に、ブルーベルも何度か説明されてようやく繋がってくる筋道があった。

 ——神の眠る迷霧の地。この館の時間は外とは全く違う。

 ブルーベルの病の進行が限りなく停止するのもここがブルーベルの故郷と全く違う、世界からずれた存在だからだ。

「神の土地。そうか」

 客人は衝撃を受けたような、しかしその半分に徹底して冷静さを欠かない様子で侍女の言葉を受け入れていく。

「ここは特に迷い人を引き寄せる特異性を持っています。つまり貴方は他の客人と同様に、森で迷ったゆえ、白樺にその腕を引かれてしまったのです。……申し上げるのが遅れましたが貴方に非はありませんよ」

 説明不足を謝罪し、ミズ・ペネロペは腰を折る。客人は合点がいったような顔で小さく笑い声を漏らして、すくっと立ち上がった。

「そういう事か。俺のような人間が神に触れられるはずがないと思ってたんだ。偶然とは恐ろしいな」

 そう言って胸に手を当て礼をした。

「お気遣い感謝する」

「いいえ。なんの手伝いもしない我々に感謝など不要ですよ、騎士殿。それと」

 ミズ・ペネロペが付け足して言うには、状況は思ったより深刻だったらしいことだった。

「日の出より前に見つけないと帰れなくなりますからお気をつけて」

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