第28話



 オークの集落。


 集落と言っても人間のそれとは規模も建築物の質も雲泥の差だ

 とりあえず雨風が防げれば良い程度の掘立て小屋が並んでいる。奥には一棟だけ周りの掘立て小屋より多少しっかりと広めに作られている家がある。


 集落の周りも簡素な木の柵で囲まれているだけだ


「ここらでいいか……」


 黒尽くめの男アローが大鹿から降りて肩に担いでいた少女を投げ下ろす


「いたっ!! 何すんのよっ! アンタ頭に牛のクソでも詰まったんの? あの女に姿変えられたのよ! だから間違えてんの! 早く帰しなさいっ!」


 この銀髪の少女はさっきから口汚く罵声を浴びせてくるは、訳の分からない事を言ってばかりだ


「ったく、変身魔法なんて御伽話の中にしかないんだぜお嬢ちゃん。まぁ運が悪かったと諦めな」


 そう言ってアローは銀髪の少女の腕を後手に縛る。更に口にも猿轡をしようと


「まっ、待って!! わかった! わかったわ! オークはやめてっ! アナタが私を抱いていいからっ! ねっ? だから帰してっ!」


 アローは銀髪の少女を眺めると、嘆息して言う


「生憎、俺はガキには興味ないんでね。顔は別嬪だが諦めな」


「んんっーー!! んー!」


 そうして猿轡をされたベルはいよいよ喋る事も出来なくなった。



 アローはまた少女を担ぐとオークの集落へと歩いていく。


 入り口付近にいたオークが気づいて警戒の声を上げると、アローは少女を投げ捨て、大鹿まで走り去っていく。


「んっー!! んっーー!!」


 オークが少女を警戒して少しずつ距離を詰める間に、大鹿に乗ったアローが戻ってくる


「従順にしていりゃ、命は助かるだろうよ。せいぜいオークに媚びる事だな。じゃあな」


 そして今度こそアローは大鹿と共に去っていった





 暫くして、オークの集落に金色の旋風が巻き起こる。

 簡素な木の柵は軽く吹き飛ばされ、突然の闖入者に対処に向かうオーク達は炎に燃やされ、風の刃に引き裂かれ、巨大な氷柱に穿たれる。

 寄ってくる悉くを鈍色の無骨な騎士剣で斬り伏せる。代々勇者に継承される聖剣アロンダイトだ。

 聖剣アロンダイトを携えるのは、もちろん今代の勇者ユリウス・ヘクトール


 ユリウスの周りをそれぞれ違う色に輝く5つの光球がゆっくり回っている。

 その光球1つ1つが近づくオーク達を様々な魔法で撃退する。


「醜悪なオーク共め、こんな所に集落を作っていたのかっ!」


 ユリウスがオークを殲滅しつつ歩を進めると、奥のしっかりした建物から一際大きなオークがやってくる。


「ハイオークか……」


 ユリウスはハイオークを視界に入れると、ハイオークへ向かって走り出しながら身体強化をかける


「身体能力強化! 身体能力超強化!! 速度上昇! 反応強化! 紫電一閃!!!」


 ハイオークへと近づくにつれ速度を増し、輝くブロンドが金色の線を引く


 一陣の突風と共に、ハイオークの上半身は下半身と分たれた



 すると、数人の女生徒達と護衛騎士達が遅れてやってくる


「ベル様っ!!」


 メガネをかけた女生徒が走って、奥のしっかりとした建物へと入っていく


「中に誰か居るのかい? まさか拐われた女生徒が!?」


 ベルの取り巻きの女生徒達がユリウスを入り口で引き留める


 中から出てきた俯いた女生徒がメガネを上げながら言う


「ここでの事はどうか、ご内密に……」









──────────────



 オークの事件があり、直ぐに親睦会を兼ねたパーティーはお開きとなり、バベル魔法学園の生徒達は王都へと帰って来ていた。



 王都の中でも一番に大きな病院の一室


 ベルは誰の面会も断っていた。


 夏のゲリラ豪雨が雷を伴って激しく降り頻る深夜

 眠れないベルはベッドに横になったままシーツを強く握りしめる


 なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!

 なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!

 なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!

 なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!!


 ベルはずっと同じ疑問でも怒りとも取れる感情に支配されていた


 (あの女があんな魔法使わなければ……)


ここに居るのはあの女だった筈……



 不意に個室のドアが開いた気がした……


「だれ? 勝手に入らないで!」


「いえ、もしかして私のせいかなぁと思って、お見舞いに来たんです」


 瞬間、ベルは血液が沸騰したかの様に怒りが込み上げる


「あ、アンタがっ!!」


 ベルは怒りのあまり言葉が続かない


「あら? 何があったか分かりませんが、命があっただけマシなのでは?」


「何ですって!?」


 暗い個室の入り口から声の主が歩いてくる


 この声は良く知っている。何度も何度も殺したいと願った女の声だ。ベルにこの最大の不幸を押し付けた女だ。オマエがこうなるはずだったのに……


 少女がベルのベッドの近くまで来て止まる


 丁度、病院の近くで大きな雷鳴が鳴り響き、稲光に照らされて少女の姿がはっきりと見える



 「レ、レヴィア……」


 


 そこに居たのは銀髪の少女ではなく、死んだ筈の公爵令嬢の姿だった



「命があって良かったですわね……」



 どこまでも冷たい視線にベルは……



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