第17話
「フラン……ちゃん?」
剣の刺さり方、夥しい出血、近づいて確認しなくとも既にその命が失われている事は容易に想像できた
「メッフィ…… ココ!! ココ!! どこにいるの?」
魔界に帰省しているのはメッフィが連れて来た悪魔組だけな為、ココやクロードなどは残っていた筈。 しかし先程から姿が見えない。
ココに至っては普段から影が薄く忘れられがちだが、実はいつも側にいて、呼べば「ここにいますぅ」などと言って出てくるのだが……
「ココが本当に居ない!?」
いつも直ぐに出てくるココが出てこない事に戸惑いつつ、リディアはフランの亡骸の部屋を後にする
「だれか! クロード! ココ! 誰か居ないの?」
大きな声で人を呼びつつ玄関ホールまで向かおうと小走りしようとした際に、リディアは目の端に何か動くモノを捉える
「だれ?」
よく貴族のお屋敷などにある甲冑。普段ならただの飾りでしかないのだが、それがいまカシャカシャと音を立てて動いている。しかもよく見ると甲冑には返り血がついているし、右手にはハンドアックスを携えている
「ひっ!? ちょ、ちょっと待って!!」
動く甲冑に対してちょっと待ってと言ったのか、この展開に対して言ったのかは分からないが、リディアは甲冑から逃げるように全速力で走り始める。
次の瞬間、リディアの耳には何かが風を切って飛んでくる音を捉えた。フランに騎士剣を刺してしまったからハンドアックスを持っていたのか、リディアはあのハンドアックスは投げるのに最適そうね、なんて考えながら迫り来る音の正体を確認する為に背後を振り返る事は、怖くて出来なかった。
しかし甲冑の投擲のコントロールは良かったらしく、リディアは背中に強い衝撃を受ける。
衝撃によって廊下で前のめりに倒れる、ついで熱さ、激痛が襲ってくる。
「いっ!!」
すぐに大声で泣いてしまいそうになるが、歯を食いしばり、立ちあがろうとする。しかし思いの外俊敏に追いついて来た甲冑が、リディアの背中きらハンドアックスを抜き取ると、ゆっくりと頭に振り下ろしてくる。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「いやあっ!!」
リディアは小さい叫び声と共に起床する。
身体は汗でべっとりと湿っていた。
「はぁはぁ、夢? 何よ……」
一連の惨劇が夢であった事に安堵しつつ、悪態を吐こうと思ったが言葉が続かなかった。
あまりにも生々しく、とても夢だと思えなかったからか心身ともに疲弊していたのだ。
「どうされたんですか? みなさんもう玄関に集まってますよ?」
「ココ!? どこにいたのよ!」
「えぇ!? ここにいましたよぅ?」
「あっ、そうね。なんでもないわ」
リディアが一階に降りると屋敷の玄関辺りで魔界に帰る悪魔組が集まっていた。
(何か既視感があるわね……)
「それではリディアお嬢様。行って参ります」
「セバス、皆んなも気をつけて行ってらっしゃい」
「あれ、メッフィは?」
「メフィ……メッフィ様は先に魔界へのゲートを開けに行きました。後で挨拶に来られるでしょう」
そんな話をしていると玄関のドアが開き、メッフィが入って来た。何故か傍には10歳ぐらいに見える幼女を連れて。
「フランちゃん!!無事だったの!?」
「おや? リディアお嬢様はフランと面識が?無事とは?」
「あれっ? ごめんごめん。なんでもないの。はははっ」
咄嗟に出てしまった言葉を誤魔化して笑う。
(あまりにも夢と同じだ……)
「それで、どうされましたか? フランさん」
セバスが長いブロンドの髪をツインテールにしている幼女に優しく問いかける
「ううん、今日お母さん居ないからセバスさん達と遊ぼうかと思って……」
「申し訳ありません、フランさん。私達は本日これから出かける所でして……」
「じゃあ、お姉ちゃんと遊ぼうか!!」
「いいの?」
「もちろんいいに決まってるわ!」
リディアがフランに話しかけると、フランは途端に顔を綻ばせた。
「それでは、リディアお嬢様行って参ります」
「フランさん、リディアお嬢様はとても高貴なお方です。くれぐれも……」
「なーに言ってるのセバス! 子供なんだから自由でいいのよ! ほら行って行って!」
メッフィ、セバス、その他メイド達が出ていくと途端に屋敷の中が静かに感じた。
「ふっー、しっかし暑いわねー! フランちゃん何して遊ぼうか?」
「うーんとね、この広いお屋敷でかくれんぼ!!」
「かくれんぼーーね。うーん、なんだか嫌な予感がするから他の遊びしない? お屋敷の探検をしよう!」
「たんけーん!」
「じゃあ、こっちから見て回ろう!」
リディアは夢の中で惨劇のあった場所を避け、反対側の北側ん探検する事にした。
意外に広いこの屋敷は一階には小ホール、応接室、客間、炊事場、食堂、浴場、コンサバトリーがある。
「へー、なんか色々高級そうな調度品とかあるのねー。元の持ち主の何たら伯爵様の物かしら? それともメッフィが集めたのかしら?」
リディアは応接室に置いてある調度品の数々を見ながら呟く。フランも置いてあるものが珍しいのか目を輝かせて見て回っている。
リディアが応接室を出て次に向かおうと廊下に出ると、1人のメイドが歩いていた。
「あれ? あなたは帰省しないの?」
「はい。私はもともとこの屋敷に雇われていたものですから」
「あーそうなんだ。良かったわ、人がいて。少し心細かったの」
「ふふっ、大丈夫ですよお嬢様」
知らない人と出会ったからかフランがリディアの服の裾をぎゅっと握る
「私はクレタといいます。御用があればいつでもお呼び下さい」
そう言ってクレタと名乗った20代前半ぐらいの落ち着いた女性が軽く礼をしてさっていく。
リディアが2階の探検に取り掛かろうと2階に上がった直後、1階から窓ガラスの割れる音が聞こえてきた。
「え? 何?」
リディアとフランが急いで1階に戻ると、そこには血塗れで倒れているクロードの姿が
「クロード!! 一体どうしたの?」
リディアが駆け寄りクロードを抱き起こす
「お、お嬢様…… お気をつけ下さい…… 」
「クロード! 誰にやられたの!? まさか甲冑?」
クロードは全身を鋭い刃物で切り刻まれている。流血は酷いが、不死身の肉体は時間が巻き戻るかのように傷口を塞いでいく。ただ執拗に抉られている目の周辺の再生は遅いようだ。
「甲冑? いえ、私がやられたのは子供。赤い眼をした子供でした……」
赤い眼をした子供……
リディアがハッとしたように後ろを振り向くと……
鈍器を振りかぶり酷薄に嗤う赤目の少女がいた。
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