第14話


「そろそろいいんじゃありませんか?」


「ん? あぁ…… まぁいいか」


 メッフィが後ろから声を掛けるとレントは立ち止まる。


 ずっと何かを考えるように黙々と歩いていた為、馬車があった場所とは大分離れてしまっていた。

 気付けばマールの張った人避けの結界の端辺りまで来ていた。


「最初に言っておくけどよ、俺は本当は乗り気じゃないんだぜ? だってこんな子供痛ぶったって何も楽しかねーしよ。けどよ、こっちも仕事つーか、何つーか。まぁ断れなかったんだよ。わりぃな。」


「いえいえ、心中お察しします。大人とは大変ですね。やりたくも無い事をしないといけないなんて」


 レントが目出し帽越しに頭をボリボリかきながらバツが悪そうに謝罪するとメッフィは理解を示すように相槌を入れる。


「おぉ! 分かってくれるか? そんじゃあよ、適当に痛めつけるからよ、抵抗さえしなけりゃ骨折ったりまではしねーからよ」


「なるほど、私の事は痛めつけるとして、リディアお嬢様はいかがするつもりですか?」


「あーー、あっちもなぁマールが変な気起こさなけりゃ顔にちょっと傷つけるだけですむだろうよ」


「なるほどなるほど。自分達は仕事だから大人しく傷つけられても、それぐらいで済んで良かったと思えと? いたいけな子供相手にそれは大人げ無いのでは? ねぇ金級冒険者のレント・オディナさん?」



 メッフィがレントの名前を呼ぶと一気にレントの纏う空気が変わった。

 比喩では無く実際に風が纏わりつくようにレントの周りを覆い、高密度の魔力が薄緑色に色づく。


 翠風槍のレント これが冒険者としてのレント・オディナの通り名だった。


「おい? なんで知ってやがる?」


「リディアお嬢様に害意を持っている方の目星は付いておりますので。あとはその方の周りにいる人物を辿れば。まぁ金級冒険者が受ける仕事とは思いませんでしたが」


 レントが目出し帽を取り投げ捨てる。


「チッ、んじゃあこんなもん必要無かったのかよ。でもよ、正体がわかってるってわざわざ言ったのは悪手だったな」


「さて? 何処らへんが悪手だったのでしょうか?」


「お前ら生きて帰れなくなったって事だよっ!!」


 言いながらレントは短槍を突き出す。


 常に戦いに身を置いている様な冒険者でもなければ反応も出来ずに絶命するような速度と威力を兼ね備えた突きだった。しかし、レントの短槍は虚しく空を突く。

 しかし、そのまま2撃、3撃と繋げていく。突き、払い、足払い、切り上げ、袈裟斬り、突き、突き、突き、薙ぎ払い、打ち下ろし


 そのどれもが空を切る。


「ちぃっ! ただの執事じゃねーのか!?」


「ただの執事ですよ。ですが、お仕えするお嬢様に害なす輩には容赦いたしません。それが執事の仕事ですから」


「それは護衛の仕事だろうが?」


 話しながらレントは渾身の一撃を放つ。


「おっと、なかなか鋭い突きですね、流石は金級冒険者」


「涼しい顔して避けといてよく言うぜ! だかなぁ、まだまだこれからだぜっ!! 解放しろ翡翠槍ジェイドソーン!!」


 緑色の美しい刃先をもつ長さ1.5メートル程しか無い短めの槍だが、12神槍と呼ばれる最高峰の槍の一つに数えられる。その能力は



 レントの持った短槍から緑色の魔力が溢れると先端の刃も発光し始める。


 翡翠槍ジェイドソーン その短い全長からソーンなどと名付けられているが、その能力は強力で、風の加護により飛び道具無効、身体能力強化、浮遊、機動力強化、空中歩行、短時間飛行などを使用者に付与。さらに攻撃能力として、貫通強化、貫通超強化、不可視の刺突、不可視の斬撃などが使え、武器射程プラス魔力の斬撃で最大射程は8メートルにも及ぶ。


 レントはまだ十全に武器の能力を引き出せないがそれでも射程を最大で4メートル程まで伸ばせる。延長した分は不可視の刃だ。



 殺った!!



 そう確信したレントは驚愕する。普通ならば魔力の刃は相手を容易く切り裂き、貫通するはずだった。

 確実に相手に当たったはずの魔力の刃は静かに霧散したのだった。何の防御動作もとらず、棒立ちの相手に



「なっ!? なんで!?」



「んー? 密度がね違うんですよ。魔力の密度が。実は私は人間では無いのです。この身体は服も含めて全て魔力で出来ている様な感じです。ですのでアナタの魔力程度では傷一つつきません」


 今までの飄々とした態度から一転、冷たい笑みを浮かべる。

 レントはゾクリとした。今まで、色々な魔物とも戦い、時には勝てない魔物から命からがら逃げ帰った時もあった。

 いまその時以上にレントの本能が警笛を鳴らしている。しかし、動かない足。

 動けない、一歩でも動いたら死より辛い出来事が待っている。そんな直感がする。目の前の執事の格好をした少年な人間では無いと言われ、直ぐに納得できた。いや、今までどうして勝てると思ってしまってたのか、そもそも、どうして人間として認識していたのか……

目の前のは人間ではないと言われてから見れば見るほど……



「た、助けてくれ…… 助けてください!! もう二度と姿を現さないからっ! 誰にもっ! 誰にも言わないからっ!!」



「おや? 急に殊勝な態度になりましたね。ふむ。ではお答えしますか」



 動けずガタガタと震えるレントにゆっくりと近づく悪魔。

 街灯が灯り始め、映した影はすでに人の形を成していない。


 ニヤァっと嗤う悪魔が言う


「答えは…… はい、いいえ。です」

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