第四話 on your mark

『随分多いな』店主オヤジはいつものしかめっ面をさらにゆがめて俺の顔を見た。

『お前さん達探偵屋は、通常は最高20発までしか弾丸タマを持てないんじゃないのか?』

 

 此処は港横浜の裏町にある、すすけたビルの三階に位置する、

『平山銃砲店』の狭い店内である。

 店の中には俺、乾宗十郎と、店主オヤジ平山行蔵ひらやま・こうぞうの二人しかいない。

 当たり前だ。

 時刻は午後9時過ぎ、こんな時間に港町の、それも銃砲店なんかに来る客などいやしない。

 俺はスーツの内ポケットから、一枚の紙きれを取り出してカウンターの上に置く。

 店主はそいつを片手で目の高さまで上げると、今度は眼鏡を額に指で上げると、顔にへばりつく位の距離まで近づけ、しげしげと眺めた。


『東京都公安委員会発行の特別許可状だ。そいつがあれば80発まで弾丸を所持することが出来る』

 店主オヤジは仕方ない、というように鼻から息を鳴らし、

『ちょっと待ってな』

 というと、店の奥に引っ込んだが、ほどなくして出てくると、大きなプラスチック製の箱を下げて戻ってきた。

 そいつをカウンターに置くと、蓋を開ける。

 中には.45ACP弾のパッケージが行儀よく並べて入っていた。

 彼はその中から7カートンを取り出してもう一度数え、そのうちの1カートンを壊し、7発だけ元のケースに戻した。


 それとは別に、カウンターの下からビニールのパッケージに入った金属の半円性の板が重なったものを取り出す。

『きっかり80発だ。クリップはサービスしとく』

 俺はもう一度内ポケットに手を入れ、札を輪ゴムで括ったのを出してカウンターに置いた。

『5万ほど多いな』

 店主オヤジは札を数えていぶかししげな目つきで俺を見る。

『チップだよ。』

『金もねぇ癖に』

『何、かまやせんさ。どうせ経費で落ちるんだ』

 俺の言葉に、店主はそれ以上何も言わなかった。


『なんだよ。ダンナ。急に連絡してこられても困るんだがな』

 場所は変わって、ここは大田区の下町にある、ごみごみとした町工場が並んでいる一角。

 その中に看板もないスレート葺きの工場がある。

 右側は駐車場・・・・というより、廃車置き場に近いような、色んな車が並んでいた。

 俺はその駐車場を通り、隣の工場へと入ってゆく。

 オイルの匂いと、機械の軋む音が響いてはいるが、工場の中には紺色のツナギを着た男が一人いるきりであった。

 俺よりも少しばかり年は若い。

 リーゼントヘアと妙に人懐こい顔をした浅黒い肌の男・・・・俺の記録を丹念に読んでくれている暇な御仁達ならご存知だろう。


 日本一、いや、東洋一のジョージである。

 俺は近くに止めてあった修理中と思われる4WDのボンネットに、片手に下げていたボストンバッグを置く。


『足がいる。一週間後だ。悪路だから速くて悪路に耐えられる頑丈なのがいい』

『無茶をいうなよ。オイラはダンナの専属ってわけじゃないんだぜ。2週間以内は仕事がびっしり・・・・』

『だから金は弾む。他の仕事をキャンセルしてでもこっちを優先して欲しい。それだけの仕事なんだ。』

『幾ら出す?』

『車に20万、手間賃に同じく30万だ』

『大した額じゃねぇな』

『手持ちギリギリなんだ。仕事が終わればあともう少し出せる』

『しゃあねぇな』

 ジョージはポケットに突っ込んでいたウェスで手を拭き、ボストンバッグを手に取った。

『何とかするよ。車が手に入ったら連絡する』

『頼む』

 俺はそれだけ言って工場を出た。

 夏の日差しがまともに俺の頭に降り注ぐ、

 

 これで取り敢えずの準備は済んだ。

 ビールぐらいひっかけても罰はあたるまい。





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