第028話 その気(旦那)
──水無月二日(小雨)夕方
ああ……そろそろロディさんが、お仕事から帰ってくるぅ。
こんな酷い顔で旦那様をお迎えしなきゃいけないって……残酷。
──ガチャッ……バタン。
「──ただいま、サラさん」
──パタ、パタ……パタ、パタ……。
「お帰りなさい……ロディさん。お夕飯の準備……始めますねぇ」
「……おや、サラさん。なんだか元気ありませんね? ずっと俯いていますけど、どうしました?」
「ちょっと……顔が……。あの、驚かないで……くださいね?」
「はい……? えっ? その引っ掻き傷……イントですか?」
わたしの顔にはいま、イントさんの引っ掻き傷がいっぱい。
ロディさんのお父様の写真に、いたずら心でイントさんのお尻の写真交ぜたの、大失敗……。
この世の終わりみたいに目を見開いたイントさんは、傑作でしたけど……。
そのあとの暴れっぷりは、さすが化け猫の血を引いてるだけありました──。
「……はい。あのお尻の写真を見せたら、怒ってこのありさまです……ぐすん」
「イントはもう十年以上家族として過ごしていますから、中身はほぼほぼ人間なんですよ。逆鱗に触れたのでしょうね」
中身は人語を解する化け猫ですけどね……。
「でも顔に傷があるサラさんも、かわいいですよ。そうだ、せっかくなので写真を撮らせてください。いい記念です」
「ええっ!? ダメダメダメダメ……ダメですっ! こんな顔を撮るだなんて、とんでもないですっ! いったいなんの記念ですっ!?」
「僕の父の写真を見たでしょう? 父の頬には大きな刃物傷があったんです。物心ついたときからそれを見てきましたから、僕にとってネコの引っ掻き傷なんて、ホクロのようなものですよ」
「だーかーらー……恥ずかしくってダメですってばぁ! サンショウウオの生命力で傷消しますから、きょうは田んぼで寝させていただきます~!」
「おやおや、今夜はその気だったんですがねぇ。顔に傷があるサラさんだと、新鮮味があって燃えそうなのですが」
「なにかのプレイっぽく言うのやめてください~。とにかくきょうは、傷を消すのに専念します~!」
ううぅ……きのうはわたしがその気で、きょうはロディさんがその気。
夫婦の足並みのズレ……。
この小さなボタンの掛け違いが、この先大きな亀裂に……なんてことに、ならないといいけれど~!
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