第018話 ネコとサラ

 ──皐月七日(晴れ)


 愛しの旦那様は、田んぼにお仕事へ。

 わたしは朝の家事を終えて、眷属の水田を見ながらひなたぼっこ。

 沼から来たサンショウウオたちもここにすっかり慣れて、上陸して成体になった子も、ぼちぼち出始めてます。


「……サラ。あなた夕べは、大活躍だったそうね?」


「あっ、イントさん。エヘヘッ……それほどでも、ありますけどぉ! 田んぼ荒らし撃退、頑張りましたぁ!」


「ロディ相手にも、ずいぶんと頑張ったみたいね」


「エヘヘッ、それほどで…………また盗み聞きですかぁ! やめてくださいよぉ、もお!」


「無理やり耳へ声を押し込んできながら、盗み聞きとは失礼な……。ま、クラウスさんの水田を守ってくださったことですし、これ以上のからかいは、今回はやめておきましょう」


「……クラウスさん?」


「……あなた、義父の名前も知らずに、嫁ヅラしてますの?」


「あっ、ああ……ロディさんのお父様ですね! はい、もちろん存じてますよっ! アハッ……アハハハッ!」


 そ、そっか……。

 ロディさんのお父様、クラウスさんって名前なんだぁ。

 わたし、ついこの前まで自分にも名前なかったし、名前に無頓着なんですよねぇ……。

 お義母かあ様の名前や、会社の人たちの名前、早く覚えなくっちゃ!


「わたくしがフェーザント家の一員になったときは、この棚田はまだクラウスさんの物でした。ですからわたくしは、息子夫婦がしっかり一人前になるまで、この棚田はクラウスさんの所有物だと考えています」


「わ、わたし……。早く一人前になれるよう、頑張りますっ!」


「ま……ロディはもう一人前と呼んでも差し支えないので、問題は主に、夫婦ののほうですけれど」


 きいいぃいいっ!

 義妹なんてとんでもない!

 これは完全なる小姑ムーブ!

 このぉ……モフモフ小姑め~!

 この先ずっと、イントさんにいびられるのもイヤだから……。

 やり返すための情報、どんどん仕入れていかなきゃ!

 ……うんっ!


「……ところでイントさんは、どういった経緯でこちらへいらしたんですか? やっぱり、ペットショップですか?」


「……そうね、当たりよ。正確には、悪徳ペットショップ……ですけれど」


「『悪徳』がつくんですか……」


「そこの店主は、野良猫の仔を捕まえてきては檻に入れ、純血種だのなんだのと、適当な理由をつけては、高値で売っていましたわ」


「なるほど、悪徳ですね。口が上手かったんでしょうか?」


「口も達者でしたけれど、悪質なのは買わせる手口。餌を入れる皿が、とても高価な銘品でしたの。まあこれは、あとでクラウスさんから聞いた話ですけれど」


「そのお皿と、抱き合わせで仔猫を売ってた……って、ことですか?」


「違います。その皿が高価なものだと気づいた人間が、そ知らぬ振りをして仔ネコを買い、餌の皿もついでに貰って帰ろうとするのです。そこで店主が、『皿は売り物ではありません』と言うわけ。この手口で、まんまと仕入れ値タダの仔ネコだけを、高値で売りつけるわけです」


「は~、なるほどぉ……。あくどいと言うより、セコい手口ですね」


「それだけならば、騙されるほうも軽率と、なりますけれど……。問題は、買われた仔ネコの処遇。皿目当てで買った人間が、責任をもって終生愛すると思いますか?」


「…………思えません」


「でしょう? まず、すぐ捨てられたでしょうし、中には腹いせの虐待を受けた仔ネコも、いたかもしれませんわ」


「そっ……それは酷いですっ! 許せませんっ!」


「……ま、外れていてほしい、わたくしの憶測ですけれど。そしてついに、当時野良のわたくしは店主に捕まり、売られることとなりました。そのときのお客が……」


「……ロディさんの、お父様ですね!」


「話の腰、折らないでくださいます? 駄嫁さん?」


「あっ……。す、すみません……」


「まあ、その通りですけれど。クラウスさんは皿を少し見たあとで、わたくしの品定めを始めました。それは優しく、そして男らしい眼差しで……フフッ♥」


 あらっ?

 イントさんの喉……。

 なんだかご機嫌そうに、ゴロゴロ鳴り始めましたね。

 これはもしかすると……。


「やがてクラウスさんは、わたくしを購入しました。そして檻が開けられた際に、わたくしへこう言ったのです。『おい仔ネコ。きょうからうちの子だから、そんな汚ねぇ皿はもう割っちまいな!』……と」


「わっ……割ったんですかっ!?」


「ええ。後ろ脚で思いっきり、檻の外へ蹴りました。皿は階段を転がり落ち、バラバラ……。わたくしはこのとき初めて、自分が人間の声を聴ける身だと知ったのです。それまでは雑音のように耳に入っていた人間の声が、はっきりと聞き取れました」


「……弁償させられなかったんですか?」


「もちろん。ネコがしたことですものね。店主は怒り狂ってわたくしを殺そうとしましたが、クラウスさんが凄んで止めました。『に傷一つつけたら、ただじゃおかねぇぞ』……と」


「か……かっこいい! さすが、ロディさんのお父様ですね!」


「フフッ……♥ 恐らくあのお方は、店主の悪だくみをすぐに見抜いたのでしょう。不自然に高値の仔ネコ、不自然に高価な餌の皿……。そこからすべてを察し、わたくしを救った上で、店主へお灸をすえたのです。そしてわたくしは、このフェーザント家へ迎えられました。まだ子どもだった、ロディの妹として」


「でも本当は……ロディさんのお母さんとして、迎えてほしかった……ですよね? アハッ♪」


「なっ!? なっ……ななななにをっ!?」


「人里に来たばかりのわたしでも、さすがにわかりますよー。イントさんはそのときから、ロディさんのお父様を好きになってしまったんですよねー。アハハッ♥」


「だっ……駄嫁の分際で、ふざけないでくださいっ! 確かにわたくしは、人として家長として、クラウスさんを尊敬してはいましたが……」


「イントさんの喉、思い出にふけるたび、ゴロゴロ甘えた音鳴らしてますよー? ほら、いまも」


「うぐっ……!」


「……あっ! もしよろしければわたし、おしゅうとめさんって呼んであげましょうか? そうすれば、ロディさんのお母さんの気分、味わえるかもしれませんよー?」


「わっ……わたくしは、あなたの義妹っ! 年寄り扱いは断固拒否っ! 何度も言わせないでくださいなっ! フンッ!」


 ……あらら。

 怒って行っちゃいました。

 あのカレー屋さんと違って、モフモフ生物は怒った去り際もかわいいですね~。

 そしてこのネタ、しばらく反撃材料として使えそっ!

 ウフフフフッ……アハハハハッ♪

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