第四章 サラ、マスコミデビュー?

巨大サンショウウオの取材に訪れた新聞記者。ロディの反応は……?

第019話 上陸!

 ──皐月十三日(晴れ)


 この日水田では、わたしの眷属の、ことし最後の子が陸へ上がります。

 サンショウウオは水中でかえり、幼生としてしばらく過ごしたあと……。

 陸へ上がって、えら呼吸から肺呼吸へと変わり、成体……大人になります。

 オタマジャクシがカエルになるのとおんなじなんですが、あちらは見た目が大きく変わるのに対して、こちらは外鰓がいさいが消えるだけです。

 一生水中で過ごすウーパールーパーやオオサンショウウオのほうが世間的に有名っぽいですけど、陸へ上がる種が多数派なんです。


「……サラさん、外にいましたか」


「あっ……ロディさん。すみません、黙って家出ちゃって」


「ははっ、家の出入りはご自由にどうぞ。おっと、そのままで構いませんよ。水田のお仲間を、見ていましたか」


「……はい。沼から連れてきたことし最後の子が、陸へ上がろうとしているんです。ほら、あそこに……」


 水田の隅の、小さくてなだらかな、泥とコケの斜面。

 その手前の水中で、陸へ上がるタイミングを見計らってる、体長四センチメートルほどの外鰓がいさいが消えかかった子……。

 透き通ったきれいな水の中で、じっ……と陸上を見つめてる。

 孵化ふかして以来、水の中で過ごしてきた子にとっては異世界、未知の世界……。

 怖いよね、不安だよね。

 でも……頑張れっ!

 そして……焦らないでっ!


「……ほう。オタマジャクシがカエルになるのは数えきれないほど見てきましたが、サンショウウオの上陸を見るのは初めてです。慎重を要するものでしょうか?」


「はい。上陸に気後れしたまま水中で肺呼吸おとなになってしまい、溺れてしまう子もいますし……。焦ってえら呼吸のまま上陸してしまって、窒息してしまう子もいます」


「それはまた……難儀なことですね」


「カエルは大人になる前に、脚力や吸盤を得ている種が多いですけど、サンショウウオは上陸するためのなだらかな斜面なかったら、それだけでもう……終わりです」


「もしかしてそこの、上陸用の地形……。サラさんが造ったんですか?」


「……はい。勝手に田んぼへ手を加えてしまって、すみません……」


「いえいえ、この水田はサラさんのものですから。そこはご自由に。ここにはカエルとイモリしかいませんでしたから、僕も勉強になります」


 ほっ……よかったぁ。

 理解ある旦那様で……。

 ……あっ!

 あの子が……上陸し始めたっ!


「おおっ! がっ……頑張れっ! 頑張れえええっ!」


 まずは鼻先を水面へ出して、様子見て……。

 陸の空気を、出来立ての肺へ送り込んで、慣らして……。

 焦らないでっ!

 そう、ゆっくり!

 陸に上がったあとは、湿ったコケの中にしばらくいて、大気に皮膚を慣らすのよ。

 そう、そのまま黙って…………うん、いい子いい子。


「……ふう」


「サラさん、大丈夫ですか?」


「アハハ……つい力んじゃいました。あの子はもう大丈夫ですので、わたしはそろそろ家事に戻りま……あら?」


「……ん? おや、初顔の来客ですね。ちょっと行ってきます」


 中年の男の人が二人、事務所へ向かってく……。

 田んぼに挟まれた、くねくねした坂の道を。

 二人はどちらも、山登りの格好。

 この前のカレー屋さんみたいな人じゃないといいけれど……。

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