第030話 妻↗

「……………………」


「おや? レームさん、どうされました?」


「わ、わりぃ……。いまのうまく聞き取れなかった。もう一度頼む」


「妻です」


「……………………ツマ?」


「ははっ。その発音じゃあ、刺身の添え物ですよ。妻、嫁、女房、家内、奥さん、ワイフ……ですね」


「つまり…………細君さいくんか?」


「おっ。レームさん、なかなか語彙力ありますね」


「……………………」


「サラさん。こちらへ来て、自己紹介をしてください。漁師のレーム・ブーヴィさんです」


 レームさん……。

 急に目と口を丸く開けて、棒立ちで黙っちゃいましたが……。

 ど、どうしたんでしょう……。

 とりあえず、旦那様に恥をかかせないよう、折り目正しい自己紹介を……!


「は……初めまして、レームさん! わたし、サラ・フェーザントと申します。先日、ロディさんの妻になりました。あの……いつも美味しいお魚、ありがとうございますっ! 美味しくいただいてますっ!」


「…………先日。…………うあぁ」


「……はい?」


「アぎゃああぁああぁああぁああっ!」


 うわわわわわっ!

 レームさん、頭抱えて絶叫!

 いったい……ど、どうしたんですっ!?


「ロディさんのこと……ずっとずっと狙ってたのにいいぃ!」


「ええっ……!? ええええっ!?」


「胸とヘソと太腿強調した格好で、自己アピールしてきたのにいいぃ! きょうなんて、勝負下着なのにいいっ!」


 レームさんも……ロディさんが好きだったんですかっ!?


「なあロディさんよぉ! アンタとは海と陸で商売の場は違ったけれど、ウマも合ってたしさぁ! だからきょう寿司を頼まれたときはよぉ! 『この海の魚と陸の米が混然一体となったあなたの握り寿司、毎日食べたいですね』……って言われるんだと、てっきり……オギャああぁああっ!」


「ご、ご期待に添えられず……すみません。ですがお気持ちは、とてもうれしく思いますよ」


「やっぱ……この顔の傷がダメだったか!? 顔に傷がある女は、嫁には行けねぇか!? なあ!?」


「いえ……。僕の父にも、頬に大きな刀傷がありまして、それを毎日見ていたので抵抗はありませんよ。むしろレームさんのその傷には、親しみを感じていました」


 ……そうそう。

 ロディさんったら、イントさんに顔中引っ掻かれたわたしを、ベッドへ誘いましたし……。


「じゃ、じゃあ……。アンタはこーいう、ちっこい女がタイプだったってのかっ!?」


 むっ……!

 確かにちっこいですけど、元は体長二〇メートルあるんですよぉ!


「そういうわけではありませんよ。サラさんにはサラさんの、レームさんにはレームさんの愛らしさがありますから」


「だったら……もしアタシが、ロディさんに結婚してくれって早めに言ってたら……。アタシと結婚……してくれてたのかっ?」


「うーん……。僕にはこうしてすでに妻がいますので、の返答は妻にもあなたにも失礼ですね。ですが、あえて答えるならば……。悪い返事は、しなかったと思います」


「ど……どこかで勇気出しときゃ、アタシにも……花嫁の座……が……はっ……ひっっ……はひっ……かはっ……!」


 わわっ!

 レームさんの様子が変ですっ!


「……過呼吸のようです! 日陰へ移し、息を整えさせましょう! サラさん、冷水とタオルを数枚お願いしますっ!」


「は……はいっ!」


 あううぅ……お寿司……お寿司があぁ……。

 レームさんは気の毒だけれど、せめてお寿司のあとでぇ……。

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