第026話 その気(嫁)

 ──水無月一日(晴れ)夕食後


「……ごちそうさまでした。サラさん、米や野菜を、ずいぶんと食べられるようになりましたね」


「いえいえ、まだまだです~。お刺身と一緒に口へ入れて、騙し騙し食べてる感じなので、申し訳なくって……。ごはんだけをじっくり味わって、食べれるようになりたいです」


「刺身とごはんを一緒に食べるのは、まったく問題ないんですよ? 握ったお米に刺身を載せた、寿司という料理がありますからね。寿司職人の知り合いがいますから、今度ごちそうしましょう」


「へえ~、そんなお料理が! それは楽しみですっ!」


「ところでサラさん。現像した写真、見せてもらっていいですか? 興味ありましてね」


「はいっ! それじゃあ一緒に見ましょう!」


 夫婦で夕食を終えて、わたしが撮った写真を一緒に見て……。

 ああ……とっても幸せなひととき。

 あとは、ロディさんが気に入ってくれる写真が撮れてれば……言うことなしです!


「あっ……ロディさん、ほらほら見てください! この紫色の、おっきなミミズ! これって数年おきにしか生まれない、レアなミミズ(※1)なんですよ~!」


「ほお~。田ミミズ(※2)に似ていますが、別種のようですね。周期ゼミのような生態のミミズがいるとは驚きです。さすがは沼の女神様、物知りですね」


「えっへん! 山の生き物のことなら、その辺の生物学者さんより詳しいと思いますよー!」


「このミミズの写真も、研究の余地がある生物として例の計画書に添えましょう。ところでこちらの写真は……なんでしょう? なにかの動物の接写のようですが、見覚えがあるような、ないような……」


「それはお昼寝中のイントさんの、お尻の穴ですっ。アハハハッ♪」


「イントの肛門……道理で見覚えが。なぜこれを撮ろうと思ったのでしょう?」


「嫌味を言われたときの仕返しに……ああ、いえいえっ。キュートなお尻だったので、ついパシャリと……アハハハ」


 イントさんって偉そうなこと言ってますけど、しょせんはお尻丸出しキャットですもんね~。

 次になにか言われたときは、この写真見せて反撃するんですっ!


「……フィルムも現像にもお金がかかるので、被写体はある程度絞ってもらえると、助かるのですが」


「あっ……。す、すみません……」


「……というのは冗談ですよ、ははっ。サラさんの好きなように、好きなだけ撮ってください」


「……いいんですか?」


「ええ。この写真は言わば、サラさんが見ている世界。僕の奥さんが、どんなものに興味を持ち、どのようなものに感銘を受けるか、よくわかりますからね。遠慮は無用ですよ」


「は、はいっ! ありがとうございますっ! さすがはわたしの旦那様、器が大きいですっ!」


「ははっ。いまのは実は、父の受け売りです。いまサラさんが使っているカメラは、少年時代に父から譲り受けたものなんですが。手にした直後はサラさんのように、写真を撮りまくりましたよ。イモリ玉(※3)熱殺蜂球(※4)を見つけると興奮して、それだけでフィルム一本使い切ってしまったり」


「丸いものが好きなお子さんだったんですね……アハハ」


 ロディさんも、被写体のチョイスがまあまあ謎……。

 さすが躊躇なく、サンショウウオをお嫁さんに貰う人です……。


「そのころはいまよりずっと、フィルム代も現像代も高かったのですが。父は咎めもせず、こう言いました。『これは少年時代のおまえの世界だ。大人になってから見返せば、新たな気づきがあるかもしれないぞ』……と」


「はあ~。さすがロディさんのお父様。さらに一回り、器が大きいですねぇ」


「ええ。器は大きく、そこへ小さくて大切なものを、たくさん蓄えていた人です。そしていまも異国の地で、さらに器を広げているでしょう」


「えっと、ということは……。ロディさんが子どものころに撮った写真、まだあるってことですよね」


「ええ。父の言いつけどおり、たまに見返していますので」


「それ、見せてもらえませんかっ!? わたしも子どものころのロディさんの世界、見てみたいですっ!」


「構いませんよ。あとで部屋へお持ちしましょう」


「ありがとうございますっ! ……って、今夜は個室ですか?」


「ええ。子どものころに撮った写真を見るというのは、なんとも気恥ずかしいもので。すみませんが、一緒に見るのは勘弁してください。ハハッ……」


「わ、わかりました」


 あうっ。

 今夜はかなり、だったんですけど……。

 きょうのところは、旦那様はしっかり休息、わたしはゆったり写真観賞……ということで!



(※1)日本で言うところのシーボルトミミズ。ロディが指摘しているように、周期ゼミと同じく特定の年だけ発生する、少々レアな生態。

(※2)日本で言うところのハッタミミズ。水田に生息し、畦に穴をあけて漏水させることがある。成体は伸長時に一メートルにも達する。

(※3)婚姻色のイモリが水中で無数に固まって球状になる行動。または、陸上で越冬時に集団で固まって体温を保つ行動。画像検索は自己責任で。

(※4)ニホンミツバチが集団でスズメバチを取り囲み、熱で倒す防御行動。セイヨウミツバチには備わっていない。画像検索は自己責任で。本作の舞台は日本ではないが、それに準じた生物がいる。

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