第016話 水田の女神

「……………………」


 ……あっ。

 サンショウウオの姿…………見せちゃった。

 鎌……奪い取っちゃった。

 最近包丁の練習頑張ってたから、つい刃物握っちゃった……。


「えっ……? な、なんだっ? このバケモンはあああぁ!」


 ああああ……この姿、見られちゃった!

 騒がれるとまずいっ、まずいですっ!

 なんとかしてごまかさなきゃ……ええと、ええと……。

 …………はっ!?

 この鎌で、口封じ……。

 お刺身切るときの要領で…………スパっと。

 ……って、ダメダメダメダメ!

 それは絶対ダメっ!

 ロディさんの棚田のすぐそばで殺人事件なんて、風評被害起きちゃう!

 っていうか、お昼のやりとりからして、ロディさんに殺しの疑いかかっちゃう!

 そ、それならいっそ……この人を一口で飲み込んで消化して、完全犯罪……。

 いやいやそれも、いろいろ問題あるしぃ……。

 そもそもこの人、口や体に入れたくなーい!

 わたしの中に入っていい人間は、愛するロディさんだけ……きゃっ♥

 って、言ってる場合じゃなーいっ!


「で……でかいっ! でかいトカゲの……バケモノっ!」


(ば、バケモノでは……ありませんっ! わたしは……水田の守護神。そう、水田の女神です……)


「ひっ!? なっ……なんだこの声!? どっからしてるっ!?」


 と、とりあえずここは、神秘的な存在を装って……。

 「口外したら呪われます」と脅してから、お引き取り願う方向で……。

 そもそもわたし、元々守り神なんだし……。

 なるべく神の威厳があるように、あるように……。

 威厳、威厳……。


(……わたしはいま、あなたの心へ直接話しかけています……。田を荒らす者は……このわたしが許しませんよっ!)


「ひえええっ!? で、でも……女神っていうより、バケモノみたいな姿だけど……」


(むっ……! み……水辺に棲む生物たちから見れば、しっかり見目麗しい姿なのです! それに声もちゃんと、美しい女性の声でしょう?)


「あ、ああ……。まあ声は、かわいい……………………か?」


(……死にたいようですね)


「ま、待った! かわいい! よく聞きゃかわいいっ! だからその鎌、引っ込めてくれ!」


 あっ……と、ついつい鎌、振り上げちゃった。

 ここは穏便にすませないと。

 とりあえず……持ってる情報でハッタリかます!


「ふむふむ……。あなたは…………カレー職人、ですね?」


「へっ? な……なんでそれをっ!?」


「カレーはお米の大切なパートナー。そのパートナーの香りが、あなたから漂ってきています。日々、料理に打ち込んでいますね?」


 あ~、適当適当!

 自分でもあきれるほど適当言ってる!

 どうかどうか、専門的な返ししてこないで~!


「は……はいっ! さすが女神様! お見通しでっ!」


 ほっ……よかったぁ、単純な人で。

 昼間に見た感じ、短絡的な人っぽかったもんねー。


「……なれば、あの山の向こうにある水田のお米を使いなさい。あなたのカレーに、もっと合うお米がそこで、作られています……」


「ほっ……本当ですかっ!?」


「わたしは水田の女神……。お米のことならば、すべてを見通しています。あなたがお店を構えるべきは、あの山の向こう……」


「俺が店を出す計画まで……さすがは水田の女神様! は……はいっ、わかりました! この街への出店はやめて、あの山の向こうへ行きますっ!」


 あうっ!

 調子に乗って、お店出すことまで口走っちゃった!

 でもよかった、超単純な人で……。


(……最後に。わたしと出会ったことは、だれにも話さぬよう。話せば、恐ろしい呪いがかかりますよ……)


「の、呪いって……。いったい……どんな?」


(そ、それは……えっと……こほん。それは……話せません。耳にしただけでもかかってしまうほどの、強力な呪いですから。わかったならば、もう立ち去り、二度とこの地に来ぬことです……)


「わ、わかりましたっ! ここへは二度と来ませんっ! 失礼しますっ!」


 ──ダダダダダッ!


 ……ふう、帰ってくれましたぁ。

 よかったぁ……田んぼも荒らされず、正体もばれずにすんで。

 お昼に事務所へ、お茶を出しに行ったのが幸いしましたね……ふぅ。

 あ…………鎌。

 鎌返すの、忘れちゃった。

 取りに戻ってきたり……しないよね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る