第15話 雨夜の訪問者

 ──夜、天気が崩れて大粒の雨。


「……サラさん、本当に行くんですか?」


「はいっ! お米の味を落としてる道路と雨水を、一度この目で見ておきたいんですっ! ここの棚田は、わたしたち眷属の新居ですから、なおさらにっ!」


 そう!

 眷属が棲む水田の近くに、水質悪化を招く存在があるのなら……。

 守り神として、チェックしておく必要があります!

 あの子たちをここへ連れてきたのは、わたしですからっ!


「ですが、雨の夜に田んぼを見に行くのは、まあまあの危険行為ですよ?」


「そこはそれ、サンショウウオの姿で行ってきますから! 雨もへっちゃらですし、夜のほうが人目につかなくてすみますから。夜目も利きますっ!」


「ああ、でしたら大丈夫ですね。いってらっしゃい。車にだけ、注意してください」


 ……なんだろう。

 サンショウウオのわたしへの信頼、妙に高い気が。

 まあ、全長二〇メートルですし、生命力高いですし……。


「じゃあ、いってきます。ちょっと見るだけで、すぐ帰ってきますから」


 ──ガチャッ……バタン。


 ふう……。

 それでは、周りにだれもいないことを確認してから……。

 本来の姿へ……変化っ!

 

 ────ぶわわわわっ!


 あ゛あ゛ー……♪

 サンショウウオの姿で雨浴びるの、久しぶりで気持ちいい~♪

 それでは稲を踏まないよう、畦道をゆっくり歩きながら、噂の国道へ……。

 …………あ。

 指……サンショウウオのときも、ずいぶんと自由に動かせるようになってる。

 人間のときの訓練の成果が、こっちにも表れてるんだわ。

 そのうちこっちの姿でも、お料理できたり、字を書けるようになったり……。

 ……………………。

 ……いやいや。

 仮にできるようになったところで、なんの意味が。

 ……っと、もうロディさんの棚田の、一番下。

 この先の、黒い表面の道路が、国道ですね……。


 ──くんくん……。


 ……ん、確かにちょっと変な匂いが。

 雨上がりの土のにおいとはまた別の、ちょっと臭みがある匂い……。

 これが雨水に移って、下の棚田へ流れ込んでる……?

 国道の、手触りは……。

 う、カチカチしてて、でこぼこしてる。

 沼の底がこれだったら、眷属は棲むことできないかなぁ。

 そしてここから先は、ロディさんの土地じゃない……。

 ここを進めば、わたしの生命力が削られていって……わたしは消える。

 まるでこの黒い道、死への一本道みたい……。


 ──ざっ、ざっ、ざっ、ざっ……。


 あらっ、だれか来る。

 黒い雨合羽に、黒い長靴……。

 まるで闇夜に紛れてるよう。

 こんな夜遅くの雨の中、山の向こうへ行く人……いるんだ?


「……くそっ! ちくしょう! ちくしょう!」


 ……………………?

 ……この声、聞き覚えがあるような?


「ちきしょうっ! せっかくテメーんとこの米を、俺様の最高最強カレーに使わせてやろうって言ってやったのに……バカにしやがって! フェーザントの奴、許せねえっ!」


 ああっ!

 あの人、お昼に事務所へ来てた人っ!

 自己肯定感低いのか高いのかわかんない人っ!


「ここが奴の水田か……。荒らしてやるっ! 潰してやるっ! 夜通し刈って、踏み潰してやるぜえええぇっ! 俺様に恥をかかせた罰だあああぁあああっ!」


 あっ……自己肯定感高いっ!

 高いで確定!

 っていうかあの人、鎌握ってるけど……。

 ま、まさか……。


「潰れろおおぉおおっ! こんなクソ水田っ!」


 だっ……ダメぇ!

 伸び盛りの稲、刈っちゃダメぇ!

 田んぼ、踏み荒らしちゃダメぇ!

 ここはロディさんとわたしの……大切な棚田なのぉ!


 ────バッ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る