第14話 美味しさの秘密

 ──夜。


 愛しい旦那様のお帰り。

 小姑……もとい、義妹のイントさんのアドバイスを受けて下拵えをすませておいたお夕食を、食卓へお出しします。

 ……と言っても、火を通さないといけないものは、まだまだロディさんに頼っちゃうんですけれど……。

 自分用のお刺身だけは、なんとか自分で用意できるようになりましたっ!

 あ、でも……。

 目の前でぷるぷる振ってもらわないと、口に入れられないのは相変わらず……。

 アハハハ……。


 ──ぷるぷるぷるぷるっ♪


「……はむっ!」


「ははっ、楽しいですねぇ。かわいい奥さんに、ごはんを食べさせてあげるというのは。一日の疲れが癒されます」


「あ、ありがとう……ございます。わたしもこの時間が、一番……好きです♥」


 ううぅ……。

 本当は、自分一人で食べられるようにならなきゃ……なんだけれどぉ。

 ロディさんが楽しんでくれてるなら……まあ、いいかも?

 でもこれ、ペット扱いのような気がしないでもないから……。

 やっぱり自分のごはんくらい、自分で食べられるようにならなきゃ!

 うんっ!


「……ところで、昼間の出来事ですがね?」


 ──ぷるぷるぷるぷるっ♪


「あ、はい……はむっ!」


 昼間の出来事……。

 あの、自己肯定感低いのか高いのかわからないお客様が来たときのことですね。


「うち以外の農家の米の味が、落ちた件……ですが。まず、サラさんの沼が荒れたのは、イノシシの生息数が増えたのが原因……ですよね?」


「はい。はむはむはむ……」


「そしてイノシシの増加は、山間に国が作った車道……国道が原因だと思われます。そちらへ人が流れて峠の山道が使われなくなり、峠に人けがなくなって、イノシシの行動範囲が広がりました」


「わたしも、そう思ってます。はむはむはむはむ……」


「その国道、うちの棚田の下を通っているんですよ」


「あっ! うちから見える広い道と、山間の道……繋がってるんですかっ!?」


「はい。あの国道、舗装の原料に独特のにおいを発する物質が混じっていまして。表面を流れた雨が田んぼへ入ると、米の味が落ちてしまうんですよ」


「へえええぇ~」


「国の事前の説明では『米の風味に影響はない』とのことでしたが、うちの父は建設反対を貫きました。そのため国道は、うちの棚田を避けて通っています」


「はむはむはむはむ……」


 ううううぅ……話が難しくなってきました。

 でも、ロディさんのお父様が、その国道の建設に反対していたのなら……。

 ロディさんのお父様は、わたしたちの沼も守ってくれようとしていた……ってことに、なるのかも?


「国が提示した土地買い上げの金額も、破格でしたからね。うちより下の土地に住んでいる農家は、進んで先祖伝来の田んぼを売りましたよ。その結果、うち以外の米の味が落ちたわけです」


「そんなことが……」


「加えてうちは、車が出す排ガスの影響を減らすよう、国道そばの田んぼを潰して、緩衝帯かんしょうたいを造ったんですよ。収量を落としてでも味を守る判断をした父、僕は尊敬しています」


「正直、話が難しすぎてちんぷんかんぷんなんですけど……。ロディさんのお父様、環境に配慮できる立派な方だったんですね。わたしもいつか、会ってみたいです」


「たまにひょっこり顔見せに来るので、そう遠くないうちに会えると思いますよ。他人ひとを驚かすのが大好きな、困った性分ですので」


 ロディさんもまあまあ、他人ひとを驚かせるのが上手ですけれど。

 まあわたしは、人じゃなくってサンショウウオですけど……。


 ──ぷるぷるぷるぷるっ♪


「はむっ!」


「ですから僕も、結婚報告とかわいい妻の紹介で、逆に驚かせてやろうと考えています。両親にはまだ、結婚を伝えていませんからね。ご協力、願いますよ?」


「そ……そんな、かわいいだなんて……はむはむはむはむ……むぐっ!?」


「ど、どうしましたっ!?」


「って、いうことは……。わたし、いつ来るかもわからないお父様に備えて、完璧なお嫁さんに仕上がってなきゃいけないって……ことですよねっ!? まだ火を起こすことすらできないのにぃ…………けほっ、こほほっ!」


「ははっ。父はそういう細かいところ、気にしませんので。もしサラさんの愛らしさに驚かないようでしたら、サンショウウオの姿を見せてあげてください。あはははっ!」


 いやいや、それはさすがに…………。

 ……って。

 サンショウウオを即断で妻に迎える人の、お父様ですから……。

 正体見せても、ぜんぜん平気……かも?

 ごくっ──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る