第三章 水田の女神

闇夜に潜んで、棚田を荒そうとする者が……。居合わせたサラの行動は?

第13話 困ったお客様

 ──皐月六日(曇りのち雨)


 おうちから少し離れたところに、倉庫を兼ねた事務所があります。

 事務所には経理の女性職員さんがいて、農作業スタッフさんの休憩室もあって、そして、お取引先のお客様用の接客室もあります。

 相変わらず、エプロンの紐を結ぶのもヘタクソなわたしですが……。

 お客様にお茶をお出しできるくらいには、人間の暮らしにも慣れました。

 日に一回はサンショウウオに戻って、泥の上でリラックスしてますけど……ね。

 さっき、事務所へ飛び込みのお客様があったとのことで、わが旦那様で社長の、ロディさんが対応をしています。

 わたしも妻として、社長夫人として、お茶くらいは出さねば。

 接客室は、このドアの向こう……。

 片手でお茶を載せたプレートを持って、片手でドアノブを回す……ううっ。

 わたしにはまだ難しい芸当ですが、なん……とか……よっ…………と!


 ──ガチャッ。


「……ふう。失礼しま──」


「──お願いしますっ! フェーザントさんのお米を、俺に売ってくださいっ!」


「……ひっ!?」


 旦那様の向かいに座ってる、白髪交じりの男の人が……。

 キツツキみたいに、テーブルへ頭下げまくってる。

 いまお茶出したら、頭突きでグラス割れて……破片でお客様の顔が血まみれ!

 会話が落ち着くまで……待ったほうがいいかな、うん。


「俺のカレーに合うのは、フェーザントさんの棚田のお米しかありませんっ! ぜひ分けてくださいっ!」


「ですがうちはもう、卸す先はいっぱいいっぱいでして。ことしから減反していますし、新規のお取り引きはすべて断っています。申し訳ありません」


「そこをなんとかっ! 俺の人生を懸けた出店なんですっ!」


「なんとかと言われても、困りますねぇ。生活が懸かっているのは、いずこも同じなわけですし……」


 うちの水田で採れるお米は大人気。

 美味しいと評判で、引く手あまた。

 収穫したお米は、お得意様へと行き渡ります。

 ただ、「自分の米の味は常に把握しろ」というロディさんのお父様の言いつけで、わが家と従業員の分だけは、別に確保してあります。

 わたしもお米を食べる練習、毎日続けています。

 最近ようやく、おにぎり半個分くらい食べられるようになりました。

 正直味は、まだよくわかりませんけど……アハハ……。


「店頭販売分を、なんとかこちらへ回していただけないでしょうか? 消費者の口に入るという点では、店頭販売も、うちのカレー店で提供するのも、同じですよね?」


「失礼ながら、それは乱暴な理屈ですよ。食べ物はどうせすべてウンコになる……みたいな極論です」


「ウン……コ!?」


 あー……。

 うちの旦那様、ときどき変な発想しちゃうんですよね……。

 だからこそ、わたしと結婚してくれたんでしょうけれど……うーん。


「はっ、そうですか! ウンコ味のカレーだかカレー味のウンコだかわからないカレーを作ってる俺には、うちの美味しい美味しいお米は卸せません……ってことですか! わかりましたっ! もう頼みませんっ!」


 ……わっ!

 あちらもあちらで、なかなか変人そう!

 そして自己肯定感めっちゃ低そう!


「だったらよその米で、ここらの飲食店の客すべて奪ってやるほどのカレーを作り上げてやります! あとで使ってくださいと泣きついてきても、知りませんよっ!?」


 んん、むしろ自己肯定感めっちゃ高い……のかな?

 自分の料理の腕に、ずいぶんと自信ありそうだけれど……。

 カレーというのを、まだ食べたことがないのでなんとも……。


「それじゃあおじゃましましたっ! 失礼しますっ!」


 ──バタンッ!


「あっ、あの……お茶……って。もう行っちゃいました……」


「サラさん、そのお茶は僕たちでいただきましょう。座ってください」


「は、はい……。んしょっ……と。はい、お茶どうぞ……です」


「ありがとうございます」


「……それにしても、なかなか強烈な人でしたね」


「ウンコが彼のNGワードだったようですね。そこはわたしの落ち度です」


「商談の席では、どなたが相手でもNGワードだと思いますけど……」


「……ふむ、一理です。いいところに気づきますね」


 普通の人は、すぐ気づくと思うんですけど……。

 人間の生活始めたばかりのわたしを、褒めて伸ばそうとしてるのかも?


「ロディさん、あのぉ……。さっきの人、うちのお米をずいぶんと気に入ってくれてたようですし……。わたしたちのおうちのお米を、分けてあげるというのは……」


「飲食店は一日何十食、何百食と出ますから、とても足りませんね。それに、商売では例外を作るなというのが、父の教えです」


「そ、そうですか……。失礼しました」


「……それにですね。うちの米が抜きんでて美味しいというわけでもなくて、よその米の味が落ちてきてるんです。ですので、あまり喜ばしい状況ではないのですよ」


「よその味が……落ちた? それって、どうしてですか?」


「んー……。それは夜、家へ帰ってからお話ししましょう。あの沼にも関係することですので」


 えっ……?

 ここらのお米の味に……わたしの沼が関係してるぅ!?

 それって……どういうことぉ!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る