第009話 海の幸パラダイス!

 ──トン。


「……じゃあ、まずは無難にアジの刺身から。さあ、どうぞ」


 テーブルの上に置かれた、白い陶器のお皿……。

 その上に並ぶ……赤いお魚の身!

 これが噂に聞く……赤身魚!

 一生食べることないって思ってた海のお魚が、いま目の前に……。

 あああぁ……お口の中よだれがいっぱいでヤバイ……ごくんっ!


「サンショウウオの生態を考えれば、焼き魚より生がいいでしょうからね。それとも……やっぱり軽く焼きましょうか?」


「い……いえっ! 生がいいですっ! 生希望ですっ!」


「ふふっ。ではお手元のフォークで、ご賞味ください」


 フォーク……人間の食器。

 え、ええと……。

 握って、お魚刺して、それを口に運べばいいんだよね……。

 できる、それくらいきっとできる!

 だってわたしはサンショウウオ。

 人間と同じ五本の指を持ってる「人魚」だものっ!


「いただき……ます。うぅ………う………」


 ──サクッ。


 さ……刺せた!

 あとはこれを……口へ……!


「うぅ……うぐぐぅ…………」


「……フォーク、うまく扱えませんか?」


「そ、それもあるんですけど……。食べたいのに……た、食べれないんです……」


「…………?」


「サンショウウオって、生きた獲物しか口にしないので……。この死んだお魚を口へ入れるのを、本能が拒否してるんですぅ……。みずみずしさやツヤで、新鮮なお魚だって……わかってるんですけどぉ……。うううぅ……」


「……ああ、しかダメなんですね。でしたら……僕がお箸で、こうやって……」


 二本の木の棒……お箸。

 それでお魚をつまんで、わたしの顔の前で左右にぷるぷる……。

 人間って、やっぱり器用だぁ……。


「……いかがです?」


「えっ……? なにがですか?」


「食べたくなって……きませんか?」


 ──ぷるぷるぷるぷる……。


「そ……そう言われてみると、拒否感が少し、薄れたような……」


「生きた魚が動いていると、思いこんでみてください」


 ──ぷるぷるぷるぷる……。


「い、生きたお魚……。生きたお魚……。生きた海の……お魚っ! はむっ!」


 か……かぶりついちゃった!

 サンショウウオのときみたいな勢い(※1)でっ!

 で、でも……。

 はむはむはむはむ…………。


「美味しい……ですっ♥」


「もう一切れ、いきますか?」


「いきますいきますっ! ぷるぷるお願いしますっ!」


 ──ぷるぷるぷるぷる……。


「……はむっ!」


「あ、今度は早かったですね。ははははっ」


「はふぅ……♥ 海のお魚、味が濃くって、身が柔らかくって……とっても美味しいですっ♥ ぷるぷるさせれば、本能(※2)もごまかせるんですね~」


「子どものころ、自由研究の宿題でカマキリの食性を調べたことがありまして。カマキリっていまみたいに、目の前で振って見せると死肉でも食いつくんですよ。縁がないはずの海魚を食べたのには驚きまして。それを思い出したんです」


「あー……カマキリの奴ら、わたしの眷属も食べちゃいますからねぇ。はむはむ」


「では次、海のカニいってみましょうか」


「いきますいきますっ! 川のカニとどう違うか試してみた…………って、ロディさんっ! なんなんですかその、巨大な脚はっ!?」


 ロディさんの手に握られてるのは、赤みと白みが半々なカラーリングのカニの脚。

 わたしの指二、三本まとめたくらいに太くて……長いっ!

 脚があれなら、全身は相当なサイズ……。

 さすが海は広いっ!


「ズワイガニの脚ですよ。淡水のカニは、脚の身は微々たるものですからね。違いを試すなら、まずは脚からでしょう」


 ──パキッ!


 ロディさんが、脚の殻を割ってくれて……。

 中からぷるっぷるの、紅白の身がご登場~♥

 それをロディさんが、左右にぷるぷる振ってくれて……!


 ──ぷるぷるぷるぷる……!


「いっ……いただきますっ! はむっ! はむはむはむ……!」


「いかがでしょう?」


「これもすごく美味しいっ! ほんのり塩味で、うっすら甘味があって……。っていうかカニの脚って、骨とかなくって丸ごと身が詰まってるんですねっ!」


「これほど食べやすい動物も、そうそういないですよ。ハハッ」


「サワガニやモクズガニは、カニ味噌メインですからね~。カニの脚がこんなに美味しいなんて、ビックリです!」


「では次、イカの刺身いってみましょうか。スルメイカです」


「イカ……? イカ……イカ……う~ん。聞いたことあるような、ないような?」


「貝の遠縁だそうですが、淡水にはいない生き物ですからね。きっと初めての食感になると思います。さあ、どうぞ」


 ──ぷるぷるぷるぷる……!


「はむっ!」


「はははっ、即反応になりましたね」


「もにゅもにゅもにゅ……も…………にゅっ!?」


「……どうです?」


「これは……すごいですっ! 噛んだら一瞬だけコリっとなって、あとは舌の上で、じわ~っと溶けていってます! 全体的に塩味なのに、溶けるごとに甘味が広がっていって……旨味と食感の一体感がすごいです! わたしこれ……大好きですっ♥」


「気に入ってもらえて、僕もうれしいですよ。これから毎日、きみが『初めて』に驚き喜ぶ姿を見られるんだと思うと、とても楽しみです。ふふっ」


「ど、どうも……です。でも、食い意地張ってるだけなので、恥ずかしいです……アハハハ……」


「イカとカニは、サラさんで全部食べてください。イントが口に入れてしまうと、よろしくないので」


「……イント?」


「きのう話した、わが家で飼ってるネコですよ。おっと、噂をすれば……」


「ニャーン♪」


 あら、真っ白な毛に水色の瞳のネコちゃん登場。

 わたしを無視して、ロディさんへまっしぐら。

 毛ヅヤもよくって、目も丸くて、かわいい~♥

 でも食べ応えは、やっぱりイノシシのほうがありそう…………って!

 この子はロディさんの家族!

 ひいてはわたしの家族!

 捕食対象として見ない見ない見ないっ!


「イント、アジをどうぞ。カニとイカは、口にしてはいけませんよ。ネコの体には悪いですからね」


「ニャーン♪」


 指でつまんだお刺身を、ぴらぴらと振って見せるロディさん。

 それへすぐに食いつくイント。

 も、もしかするとわたしも……ペット感覚で、お嫁に貰われたのかも……。

 ……あ、イントがこっち向いた。


「……………………」


 ……うわ。

 丸い目を細くして、睨みつけてくるぅ。

 敵意感じるぅ……。


『……あなた。ロディが仕事に戻ったら、家の裏へ来なさいな』


 ……へっ?

 い、いまイントが……ネコが……。

 しゃべったああぁああぁっ!?



(※1)日本のサンショウウオの多くは幼生時、舌の骨を動かして口内へと水流を作り、吸い込むように捕食する。海外にはカエルのように舌を伸ばして捕食する種類もいる。

(※2)サンショウウオの幼生は市販のメダカの餌などでも飼育できるが、成体になった際、食性に悪影響が出るケースも確認されている。極力自然環境に近い給餌が必要。後述のカマキリも多様なものを食べるとはいえ、体内にどのような影響があるか不明なので、遊び半分であれこれ給餌しないこと。

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