第08話 もしかして……レス夫婦生活?

 ────ぶわわわわっ!


 ……よしっ、人間への変化完了!

 たっぷり寝て、元気回復!

 いざ、ロディさんちへ初訪問!

 棚田の上に建ってる、白い壁に赤い屋根の、二階建てのおうち……あれね。

 太陽は真上……もうお昼かぁ。

 ロディさん、畑仕事出てる……かな?

 ま、行くだけ行ってみなきゃ──。


 ──ええと。

 家の前、入り口、ドア……。

 人間のおうちって、そのまま入っちゃダメなんだっけ?

 確か、ノックとか、呼び鈴とか……。

 ……あ、この紐が呼び鈴……かな?


 ──カランカラン……カランカラン♪


 当たり、呼び鈴。

 きれいな金属の音、響いてる……。

 手を動かして、きれいな音を鳴らす……。

 これって……いわゆる音楽、かな?

 わたし、この人間の手で、足で、体で……これからいろんなこと、経験していくんだろうなぁ。


 ──ガチャッ。


「やあ、ようこそ。待ってましたよ。僕のかわいいお嫁さん」


 ……ぐはっ!

 ロディさん、笑顔で先制攻撃。

 呼び鈴を鳴らすと、笑顔の高身長イケメンが出てくるおうち……。

 麓にたくさん屋根並んでたけれど、こんなすてきなおうち、そうそうないんだろうなぁ……。

 デュフフフ……妙な優越感が……♥


「ちょうど昼休みで、帰ってきていました。さあ、中へどうぞ。水田と同じく、ここはもうきみの家ですからね」


「は、はい……。じゃあ、おじゃまします」


「遠慮なく。ただし、今後家の外から玄関をくぐるときは、『おじゃまします』ではなく、『ただいま』と言ってください。いいですね?」


「あ……はい。わかりましたっ!」


 ひいいぃ、いちいち気の利いたセリフに、柔らかな笑み……。

 こんな会話朝昼晩続けてたら、生命力強いわたしでも、三日でキュン死しそう!


「まずは、えっと……。サラさんの個室をお見せしましょう。こちらへ」


「はいっ!」


 うう……さっきから声上ずりっぱなし。

 人間の声って、こんなに振れ幅あるんだ……。


 ──ガチャッ。


「ここですね。クローゼット、化粧台、ベッド……。母が使っていた部屋ですなんですが、クローゼットにはサラさんの服、用意しておきましたよ」


「えっ? わたしの服が……もう?」


「キスの際、体の寸法をだいたい把握させてもらいましたから。昨晩のうちに買っておきました。ハハッ」


 うわぁ……抜け目ない人っ!

 わたしってば、ひたすらキスに夢中だったのに。

 わたしを観察しながらの、あの情熱的なキス……。

 もしかしてロディさん、けっこう女性慣れ……してたり?


「靴だけはサイズがわからなかったので、とりあえずサンダルを。のちほど足のサイズと靴の好みを聞かせてください」


「あ、はいっ。どうも……」


「あと、下着なんですが……。一応買っておきましたが、大きすぎたり小さすぎたりしたときは、こっそり教えてください」


「アハハ……わかりました。なにからなにまで、すみません」


「化粧品は好き嫌いがあるでしょうし、肌に合う合わないもあるでしょうから、まだ買ってません。うちの会社の経理担当が女性ですので、彼女へ相談に乗ってくれるよう、お願いしておきます」


「はい。うわぁ、お化粧……。わたしが……」


「それから、ベッドですが……」


 ──ドキッ!


 ベッド……人間の寝床……。

 でも夫婦の場合、寝床以上の意味を持つ家具…………ごくっ!

 ま、まさか「いまから使ってみましょうか?」なんて……。

 速攻でキスしてきた人だから、ないとは言えな…………あれっ?

 個室にベッドが……あるということは……。

 ……あれっ?

 あれあれあれれ……?


「父も母も一人の時間を大切にしていたので、それぞれ個室にベッドがあるんですよ。でも夫婦用の寝室もしっかりあるので、気分で使い分けてください。ははっ」


「あ、そういうことなんですね。アハッ、アハハハ……! じゃあとりあえず今夜はここのベッドを使わせてもらって、寝つけないようだったら、元の姿で田んぼで寝ることにします。はい」


「……ああ。サラさんには、外にもベッドがありましたね。人間のベッドも気に入ってもらえると、うれしいのですが……ふふっ。では、次はバスルームを」


 ……うーん、そっかぁ。

 夫婦だから、夜の生活とかも考えなくっちゃ……。

 わたしたちサンショウウオは、オスが落とした赤ちゃんの種を、メスが体に取り込んで妊娠するけれど……。

 人間って確か、カエルみたいに体を繋げて…………。

 ……………………。

 ……………………。

 ……………………。

 ……………………。

 ……はっ!?

 具体的にはイメージできなかったけれど、エッチな妄想が断片的にぃ!

 っていうかそれ以前に、正体がサンショウウオのわたし、抱いてもらえるのっ!?


 ──ガチャッ。


「……こちらがバスルーム」


「あっ……はいっ!」


 ああぁ……いつの間にか部屋移動してた。

 つるつるに磨かれた、御影石の横に長い浴槽……。

 余裕で二人入れそう。

 っていうことは……っていうことだよね……。

 キャッ……♥


「サラさんは、熱いお風呂は大丈夫ですか?」


「え、ええと……。試してみないとわかりませんけど、ちょっと苦手かもしれません。ずっと、冷たい水に棲んでいたので……」


「そうですか。ではまず水風呂かぬるま湯でサラさんが入ってから、追い炊きで僕が入る……ということで」


「あ、はい。重ね重ねのお気遣い、ありがとうございます」


 お気遣いはうれしいのだけれど~!

 うれしいのだけれど~!

 「一緒にお風呂」を、暗に拒絶されたような気もする~!

 ロディさんって、親御さんのように一人の時間を大切にしてるのか、心の繋がりを重視してるのか、それとも……。

 世間体のために嫁が欲しかっただけで、サンショウウオ女とはお風呂もベッドも一緒にできぬ~……なパターンっ!?

 でもでも、あの熱くて積極的なキスは……絶対ロディさんの本心だった!

 そう信じたい……いや信じるっ!


 ──ガチャッ。


「……で、ここがダイニング。キッチンはテーブルの向こうですね」


 ……はっ?

 また場所移動!

 すぐ思考が内向きになっちゃうこの性格、サンショウウオとか人間とか関係なく、変えていかなくっちゃ……。


「サラさんは、人間の食事は大丈夫ですか?」


「はい……たぶん。人間に変化してる間は、生態も人間ですから。でもお風呂みたいに、得手不得手はあると思います」


「となると……。サンショウウオは肉食ですから、食事は当面肉か魚中心。様子見で、少しずつ野菜や果物、お菓子を試していく……ということですか」


「あ、はい。お野菜は食べたことないですけど、お米の農家さんに嫁いだので、お米はぜひ食べたいですっ♥」


「ははっ、うれしいですね。きょうのところは、鶏肉、豚肉、牛肉、川魚、海魚……。一通り揃えておいたので、リクエストがあったら言ってください」


 ──ビクンッ!


「まずは口慣らしに、川魚がいいでしょうか。大型のサンショウウオは、川魚を食べていると聞きますし」


「うっ……海魚!」


「えっ?」


「海のお魚…………お願いしますっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る