第006話 ここがわたしの嫁ぎ先!

「わあああぁーっ♥」


 頭の上いっぱいに広がる、青い空。

 遠くに見える山々からの頭にかかる、真っ白な雲。

 わたしの足元には……ゆるやかな丘に造られてる、いっぱいの水田。

 青々とした葉を立たせた、まだ稲穂をつける前のイネ。

 こういう斜面に並んだ田んぼ、たな……っていうんだっけ。

 水路を伝って、冷たい水が絶えず、近くの上流から田んぼに流れてきてる。

 水は澄んでて、入道雲がくっきり水面に映り込んでる。

 土も……すごくきれいで柔らかそう!


「ここ……全部、ロディさんの田んぼなんですか?」


「そうですよ。ここらから、麓に見えるあの広い車道までは、うちの土地ですね。きょうからは、サラさんの土地でもありますが」


 車道の先には、人の街……。

 さらにその先には……ほんのちらっと、海が!

 麓まで下っただけで、そこはもう……別の世界!


「エヘヘ……夢みたいなお話です。お米の栽培……全部お一人で?」


「ははっ、まさか。従業員数人の、企業のていで管理してます。繁忙期には、臨時雇いも入れてますね」


「へえぇ……」


「元々は親の会社なんですが、両親揃って海外に農園買いまして。いわく、ここの田んぼではやりたいことやり尽くしたそうで。移住先で新たな品種に挑戦してますよ」


 と、いうことは……。

 ロディさんは社長さんで、わたしは社長夫人!

 しゅうとアーンドしゅうとめへの取り繕いも不要!

 超……優良物件!


「サラさんが棲んでいた山ですが、あそこは国有林なので、僕が勝手に整備するわけにはいかないんです。とりあえず、登山道整備のボランティアとして、行政に計画書を提出して……。許可が下りれば、稲の収穫が終わってから着手しようかな、と。それで構いませんか?」


「え、ええと……。人間社会のことはよくわからないので、ロディさんへお任せします。はい」


「国有林といっても、きみたちサンショウウオが大昔から棲んでいたんですから、サラさんが自由にできないのは、おかしな話ですけどね」


「そう考えていただけるだけでも、うれしいです。あの、それよりも……」


「はい。なんでしょう?」


「この田んぼ、入ってみてもいいですか? 水とか土とか……体で確かめたくって」


 いまわたしの前にある、稲が植えられてない一町ほどの水田……。

 ロディさんが言ってた、人手不足でお米が作れなくなった、役目のない田んぼ。

 だけれど水は張ってあって、土を枯らさせたくない、田んぼのカエルやタニシを生かしたい……っていうロディさんの想いが、澄んだ水面から伝わってくる……。


「それはもちろん。サラさんの土地ですから、ご自由に」


「確認してる間……姿に、戻っちゃいます……けど?」


「ご遠慮なく。きょうは会社休みですから、だれも見ていません。僕以外は……ですけれど、ふふっ」


「じゃ、じゃあ……失礼します」


 まずは人間の姿で、足先から……。


 ──ちゃぷっ……。


 あっ……いい水。

 気持ちいい。

 水温……沼よりほんのちょっと高いけれど……微差、うん。

 土は……アハッ♥

 手を突っ込んだら、どこまでも入っていっちゃうくらいに柔らかいっ。

 人間が代を重ねて涵養かんようしてきた、ふわっふわの土……。

 自然の中では生まれないのに、丸ごと自然……って感じで不思議。

 ああんっもう……本来の姿に戻っちゃううぅ……!


 ────ぶわわわわっ!


 ひゃあああ……わたしのおっきな体も、土の中に収まっちゃうぅ。

 これはいい寝床……♥

 人間の寝床も、あとで試してみたいけれど。

 眷属の餌になる、ミジンコやホウネンエビタキンギョもたくさん。

 水路に近づかなければ流れもほとんどないし、みんなゆったり過ごせそう。


「サラさん、お気に召しましたか?」


(あっ……はい! こちらの水田、最高です!)


ヤゴ(※1)ミズカマキリ(※2)もいますが、大丈夫ですか?」


(はい。それは沼でも同じことですから。それじゃあ今夜、沼のサンショウウオたちを引っ越しさせてきますから、よろしくお願いします)


「了解です。真夏に木陰ができるよう、この辺りに植樹もしましょうか」


(なにからなにまで……ありがとうございます。あの……ロディさんはどうして、わたしと結婚してくださったんですか?)


「うーん、そういう自分を卑下した質問には、答えにくいですが……。サラさんと結婚したくなったのは、出会いが運命的だった……というのがありますね」


 ロディさんの目の前で、大きなイノシシを丸のみ……。

 ある意味、運命的な出会い……ですね。

 アハハハ……。


「あとは、サンショウウオの奥さんと過ごすのも、楽しそうだなと思いまして。両親が自由奔放なタチですから、その影響もあるのでしょうね。ははっ」


 すごいことを、屈託なく笑って言ってみせるロディさん……。

 この人を育てたご両親も、きっとすてきな人なんでしょうね♥


「それから……人間の姿も、いまのサンショウウオの姿も、かわいいですしね。言動にも愛嬌あって、すぐに気に入りました。ははははっ」


 おお~、褒める褒める褒める!

 褒められて伸びるタイプの子は、ロディさんとつきあえば伸びまくりですかね~。

 でももう、わたしの旦那様ですけどっ!


「あっ……と。一つだけ、伝えておかねばならないことが」


(はい)


「僕は一人暮らしなので、家も自由に使ってもらって大丈夫なんですけど。ネコを一匹、飼っておりまして」


(……ネコ)


「イントっていう名前の、白毛のメスなんですが、彼女は捕食しないでください。ずっと一緒に育った、かわいい妹なんです」


(はいっ! わかりましたっ! モフモフな生物は口にしませんっ!)


「お願いしました。ふふっ」


 うーん……ネコが一匹、ですかぁ。

 夫の妹ですから……小姑ですね。

 まあネコなら……お魚でもあげてれば、懐いてくれそうかな?

 あっ、お魚といえば……。

 もしかして……憧れの海のお魚を、食べられる機会あるかもっ!?

 ここから海見えたし……ワンチャン!

 じゅるっ…………ああ、よだれがぁ……。



(※1)トンボの幼虫。成虫になるまで淡水で過ごす。肉食。

(※2)水棲昆虫。カメムシの仲間で、カマキリとは他人の空似。肉食。

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