第005話 サラ、それがわたしの名前……。

 うああぁ……言った!

 言っちゃった!

 イノシシ丸飲みするとこ見せておいて、その口で「お嫁に貰って」って!

 恥ずかしくって……顔から火が出そう!

 でも……これはわたしが生き残る……眷属を守る、またとないチャンスだもの!

 ええいっ……このままいっけええぇ!


「わたし……いまのままでは、この沼から離れられないんです。ここの眷属の守り神として、存在しているので……」


「……そうなんですか」


「でも、ロディさんと眷属……家族になれれば、ロディさんの土地も、わたしの棲みかになりますっ! ロディさんの水田へ……行けるようになれますっ! だから……だから……」


 「お嫁さんにして」は、さっき言った!

 だから……あと一声、あと一押し!

 頑張れ……わたしっ!


「わっ、わたしと……結婚してくださいっ! ロディさんの家へ、嫁がせてくださいっ! 可能な限り……この人間の姿で尽くしますからっ!」


「……………………」


 うっ…………ロディさん、真顔で無言。

 無回答……。

 沈黙……。

 返事がないのが返事……。

 これは……終わった…………かも。


「きみ……えっと、少し待ってもらえますか。いま立ちますので。そんな大切な話、尻もちをついたままでは聞けませんからね、はは……」


「あ……はい」


「よっ……と。うん、もう腰の痛みも引いてますね」


 あっ……。

 いままで座ってたから、気づかなかったけれど……。

 ロディさんって、背高い!

 わたしより頭一個分……ううん、もっとありそう!

 目の前に、服越しでもわかる硬い胸が……。

 細身だけれど、がっしり筋肉ついてそう。

 農家さんって言ってたもんね。

 顔は知的っぽくても、体はやっぱりたくましいんだ……。


「とりあえず、これは言っておきます。僕は独身なので、きみと結婚することに、特に問題はありません」


「あっ……! そ、そうでしたねっ! まずはロディさんが独身かどうか、聞かなきゃでしたねっ! すっ、すみませんでしたっ!」


「ははっ、いえいえ。結婚……つまり夫婦めおととなると、役所への申請なんかも必要になりますが……。そこは大丈夫ですか?」


「あ、いえ……。わたしは人間ではないので、そういうのは、ちょっと……」


「となると、事実婚になりますか……。うーむ……」


「あの……。形式的に誓いを立てて、それが真実の愛だと双方が信ずれば、眷属とみなされます。わたしにとっての結婚は、そういう儀式ですね……」


 ……あれれ?

 なんだか、話がちょっとずつ進んでる……ような?


「形式的な誓い……ですか。例えば、指輪の交換、誓いのキス……のような?」


「わたし人間のアクセサリー持ってませんから、指輪交換は無理ですけど……。キスなら……はい、大丈夫です」


 ……いやいや大丈夫じゃないって!

 この口で、イノシシ丸飲みしたとこ見せてるって!

 キス以外の方法提案しないと、逃げられちゃうって!

 えーと、えーと……。

 握手は……誓いの儀式としては弱いし……ううぅ……。


「一つ、質問いいですか?」


「あっ、は……はいっ! なんなりと!」


「名前、聞いてませんでしたね」


「な、名前……ですか。えっと、その…………わたし、名前ないんです。なにぶん、山奥のサンショウウオですから……。アハハハ……」


「名無しのお嬢さん……ですか。うーむ……」


 ああああ~、そうだったぁ!

 わたし名前ないんだったぁ!

 人間の女の子になる妄想はいっちょ前にしてたのに、肝心なそういうとこ抜けてるの、やっぱ両生類脳なのよ~!


「…………では、『サラ』と呼んでもいいですか?」


「えっ?」


「サンショウウオのことを、サラマンダーと呼ぶ地域もあるんですよ。マンダーの、ですね」


「サラ……」


のほうがいいです?」


「あっ、いえ! サラでお願いしますっ! サラで!」


「では、サラで。妻に名前がないのは、困りますから。ははっ」


 えっ……?

 そ、それって……それって……?

 もしかしてぇ?


「このキスで誓いが通じ合ったなら、サラ・フェーザントになってください」


 あっ……ロディさんの指が、わたしの顎へ……。

 人間の男の指……ううん、ロディさんの指、固くて太い……。

 それから……ちょっと熱い。

 人間の体温、わたしたちよりもずっと高いから……なのかな。

 あっ……♥

 わたしの顔の前も……熱くなってくる。

 眼鏡を外したロディさんの顔が……近づいてきてる。

 間近で見ても、端正なお顔立ち。

 左右均等に整った眉。

 キレ長の形だけれど、瞳は黒目が大きくて優しい感じ。

 高い鼻がぶつからないよう、顔を傾けてきて……瞳を閉じた。

 わたしも、まねっこで……。


「ンっ……♥」


 熱い唇……熱いキス。

 熱と恥ずかしさで、頭がポーっとのぼせちゃう……。

 これ以上続けてたら、気を失って倒れちゃいそう──。

 けれど彼の指……わたしの顎を、しっかり掴んだまま。

 気を失っても、倒れさせてくれそうにない。

 紳士っぽかったのに、眼鏡外したとたん情熱的で……ちょっぴり意地悪。

 だからわたしも、ちょっとだけ意地悪のお返し……。


「ン……あふっ……れろぉ……アはぁ……♥」


 ファーストキスなのに……舌……絡めちゃった。

 ヌメヌメ両生類の、ヌメヌメしてるエッチなキス……。

 ささやかな抵抗……。

 あっ……でも、彼も……反撃を……♥


「ンンッ……!」


 指輪の交換じゃなくって、唾液を交換しちゃう淫らなキス。

 でも……これはまぎれもなく、誓いのキス……。

 夫婦の誓約────。

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