第31話


 最初の襲撃地点付近では、枝が折られていたり、木に泥がついていたり、草が踏まれていたり、それくらいだ。

 これらから、森に詳しい相手ではないと推測できる。


 枝を折るのは分かりやすいし、木の泥は下の方についている。足に泥がつくのを嫌ったのかもしれない。踏まれている草だって一部掘り返されているようにも見える。

 待っている間に靴を使い、掘っているみたいだ。


 カイラルの世界で森を知らない人がいる。

 プレイヤーか、そういう地域の人か、新兵ばかりの部隊とかだろうか。

 こういう時はAIに頼りたくなる。おそらくそういう情報は出ているだろうから。


 頭を切り替えて、第2の襲撃地点に向かう。

 道から少し外れた場所で動いているが、魔物は出ない。

 クエストの影響で出ないと考えているが、普通に出ないだけだったら、襲撃者は森で住んでるだろうな。


 煙を探して上を向くが、うっそうとした森にいるから分からない。

 道に出ても、森の中の煙までは見えないだろう。


 21時頃、ようやく第2の襲撃地点にたどり着いた。

 襲撃の影響は、まだ残っている。


 ここの襲撃は強引に行ったようで、道の脇に倒木がある。

 何度も慣れてない者が斧を入れたのだろう、幹が傷だらけだ。

 相変わらず掘り返されて、泥が木についていた。


 21時30分、第3の襲撃地点に到着。

 エリアボスの迂回路の奥の方だから、随分と時間がかかった。

 この調子だと、護衛依頼は受けられるか分からない。

 第3の襲撃地点には、大量の足跡と泥が森の奥に続いていた。


「これ、ダイジョブか?」


 口から漏れる言葉が、抑えられない。

 ここまで分かりやすく痕跡を残していると、追えば罠にかかるのではないかと不安だ。

 周囲を探してみるが、他には襲撃の跡しかなった。

 仕方なく泥の足跡を追うことにする。

 マップを見ると泥の足跡が続く方向は、第2の襲撃地点に近いようだ。


 大体の場所を想定しながら、足跡から離れて森を歩く。

 鬱蒼とした森の中、魔物は襲撃してくると思うのだが、全く出てこない。

 心配になってしまい、間引きをしているのではないか、エリアボス以上の魔物の影響ではないか。

 無駄に考えが捗り、不安がどんどん加速していく。


 進んでいくこと約30分、人の声が聞こえてきた。

 木の陰に身を隠し、少しずつ進んでいく。

 スクショしようと覗き見ると、腰布と厚手の靴だけで刺青を入れた男たちが談笑していた。


 彼らの頭上には、赤いカーソルが見える。

 遠くにいて会話の内容は聞こえてこない。ただ彼らの近くに大量のローブが積み上げられている。

 襲撃者はローブ姿だったと聞いている。こいつらだろうか。

 静かに移動して周辺を探っていく。


 周辺にも刺青に腰布と厚手の靴だけの男たちばかりがいて、他の者たちはいない。

 捜索を始めて20分。

 商人もいないため仕方なく、刺青の男たちをスクショして帰ろうした時、野営地を見つけてしまった。


 あぁ。

 何で見つけてしまうんだ。

 赤いカーソルの刺青たちを避けてここまで来た。バレたら逃げ切れるか分からないのに、どうして。


 野営地には綺麗な天幕があり、その周囲には騎士たちがいた。

 トライリッターで見たような兵士ではない、フルプレートアーマーの騎士だ。

 騎士たちの近くに刺青の男たちがいて、何かを訴えかけているようだが聞こえない。


 騎士がいたのを確認できればいいだろうと、メニューを開いてスクリーンショットを選択する。

 白い画面がカメラ代わりになり、撮影したい場所を映し出す。

 スマホのように操作ができるようで、ズームして騎士と刺青男を捉える。

 撮影ボタンをタップしようとした時、騎士と刺青男が天幕の方を向いた。


 ズームを戻して、天幕から出てきた人物を捉えると撮影。

 天幕から出てきたのは、黒いヘルムを手に持ち、黒い全身鎧を着た金髪の男。

 その男は、こちらを指差していた。

 偶然だろうと、何枚もスクショしていると騎士に詰め寄っていた刺青の者が吠えだした。


「ウッウッウア、ウッウッウア、ウッウッウア!」


 黒い鎧の男がうるさそうに顔をしかめているのを撮影し、帰ろうと後ろに下がる。

 すると、周囲から似たような声が聞こえてきた。

 森の中にいる刺青たちだ。

 事ここに至って、偶然ではないことを理解した。


 急いで森を抜けようと走り出したが、このまま町に帰っていいのか不安になる。

 周囲はそこまで暗くない。空は晴れていて森の中だけ少し暗い、その程度だ。

 見つかってしまい逃げるのは難しく、戦闘すれば数に負けるだろう。


 しかし、こいつらも隠れて商人を襲うんだ。隠れなければならない理由がある。

 いや、それなら俺を追って殺すのか。

 その考えは無視しよう。


 まずは、町ではなく馬車の道まで出る。

 マップを開いて第2の襲撃地点まで急いだ。


 途中で視界の端に刺青たちを捉えたが、無視する。

 道まで出ると今度は、エリアボスに向かって走った。

 後ろの方でバタバタ走る音が聞こえる。


 俺の予想では、エリアボスとの戦闘を挟むとロードが入ってNPCはいなくなる、と思う。

 もしくは周辺の地理を知るNPCがいて、エリアボスの方に向かう事を止める。

 最悪なのは、クエスト中だから挑戦できません、と表示されることだ。


 足音が、増えている気はする。

 それに加えて、石や斧が飛んできている。

 マップを見ながらそれでも走り続けると、エリアボス手前までやってきた。

 立ち止まっても、画面は全く出てこない。


 そのままエリアボスのいるフィールドに入るが、何も起きない。

 状況を確認しようと振り返ると、大量の刺青たちがフィールドに入ってきた。騎士の姿は見えない。


「キィ、ウッウア!」


 俺に近い刺青男が叫ぶと、後ろの者たちも叫ぶ。

 何を言っているのか分からないが、これと会話できる騎士の有能さがよく分かる。

 俺はゆっくりと後ずさりして、距離をとる。


「ウアァッウアァッ!」


 威嚇して俺の動きを止めようとしたのだろうか。

 もちろん止まらずに、少しずつ下がる。

 一歩一歩ゆっくりと下がっていると、フィールドに刺青たちが全員入った。

 まばらに生えている木に背中が当たる。


 少しずれて後ろに下がろうとしたとき、キチキチキシャキシャと音が聞こえた。

 この音には、いい思い出がない。

 夏場のセミのように、周囲から大量の土蜘蛛(幼体)の音が聞こえる。

 上から、前後左右から聞こえてきて、さらにエリアボスの足音も聞こえてきた。


「ウアァッウアァッ! ウアァッウアァッ!」


 大量にいる刺青たちは、エリアボスに目を付けた。

 それから彼らがエリアボスに走っていったのは見た。

 ただそれ以降は、幼体の処理で精一杯だったため分からない。


 気が付けば、幼体は倒し切り、エリアボスは瀕死。

 刺青たちは残り2人になっていた。

 刺青を倒すか、土蜘蛛を倒すか、両方倒すか。


 迷いに迷った末、残った方でいいかと戦闘が終わるのを待つ。

 手にはスリング。石をセットして回す体勢に入っている。

 しかし、瀕死なのに戦闘は終わらない。


 ボスと2人はいい勝負だ。

 1人が防御、1人が攻撃。大技に対しては2人で防御。

 土蜘蛛は不規則に大技を出して、防御に意識を割かせている。


 それから5分、戦闘は終わっていない。

 その間になぜ、エリアボスが何もしていないのに出てきたのか推測できた。


 恐らくは、シークレットクエストを受けた時には問題なかったのだが、遂行中もしくは彼らを見つけた時点で、いくつか逃げる場所を用意していたんだろう。ゲーム側が。

 その1つがエリアボスフィールド。

 入れば倒すまで出られない、のかは分からない。ただ、倒すとアイテムが手に入るから得だ。

 それなのに倒されていない2人とエリアボス。


 もしかすると、この2人、重要なキャラなのでは?

 倒されるとマズイ、もしくは倒されないキャラということか⁉

 一瞬のひらめきを無駄にしないよう、スリングを回転させる。

 大技後の無防備なエリアボスに向けて、石を飛ばした。


 人型が出てきていない土蜘蛛は顔に石を受け、HPが底をつく。

 2本のHPだけのようで、白い砂となって崩れた。


「おーい!」


 俺の推論では重要キャラの2人に、手を振りながら近づいていく。

 すると2人はヨロヨロのまま、こちらに少し近づいた。


「キィ、ウッウア!」


 2人は叫び、距離が近くなった俺めがけて攻撃してくる。

 俺の冷静な部分が、ひらめきを否定していたおかげで攻撃に対応できた。

 疲れ切って冴えのない2人の攻撃を避け、背中に一太刀。

 残っていた少ないHPを削りきった。


 白い砂になり、崩れていく2人。

 周囲に誰もいなくなったとき、リザルト画面が表示された。

 ドロップアイテムは大量の腰布とエリアボスの素材、幼体の素材。


 スリングの熟練度が10から12に上昇した。

 それにしても腰布が異常に多い、その数23だ。

 刺青たちが最低でもその人数いたのだろう。


 現在時刻は22時40分頃。

 体が疲れ切って、頭があまり回らない。

 敵が多かったのも理由だが、大量の赤カーソルからバレないように移動して、スクショして、ストレスのかかる場面が多かった。


 獣道を利用して町に戻ったのが、23時頃。

 鍛冶屋に向かい、刀を修理に出した。

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