第29話
夕飯は18時過ぎに食べ始めたのだが、蜘蛛に纏わりつかれている俺を見ながらのため、ペースは遅い。
「6つのカメラに蜘蛛が近いと、気持ち悪いな」
食事中だと、なおさらだ。
AIによる編集でBGMはついているが、余りにも壮大すぎて蜘蛛(幼体)相手だと、誇張気味に聞こえる。
ただ傍から自分の戦闘が見られるのは、随分と良い。
それによって、山賊に見えることは分かった。
戦い方が強引な所も、それを助長しているのだろう。
『ボスに対しては、いい感じのBGM探しておきました』
「確かにボスに対しては、いい感じだ」
ボス相手だとカメラとBGM、音声も問題ないだろう。
食事が終わったのは19時前。
この感じだとボス戦は20時までに終わらないが、連絡入れておけば大丈夫だと思う。
そう考えてスマホに手を伸ばしたところで、独特な電子音が鳴った。
電話だ。しかも発信者は委員長。ちょうどいい。
「もしもし」
『鷹峯さん、すみません。今日はトライリッターできません』
「お、おう。そう、何かあった?」
『親戚があの動画から私だと特定したみたいで……家に来てます』
あの動画っていうと、ネットに回っていた動画だろう。
委員長はできない、俺はしたくないけど、委員長の邪魔をしたい。
「親戚いても、できるだろ?」
『しようと思えばできますけど……』
歯切れの悪い委員長なんて珍しい。
今しかできないなら、嫌がらせを、俺は続ける。
「それなら20時からできる?」
『ん? シンタじゃない』
『今日はしません!』
強引に電話を切った委員長。
途中に聞こえてきた声が親戚だろう。
女性の声だった。
それに『シンタ』とはだれか?
「トライリッターしなくていいなら、昨日のメンテ分を取り返せそうだな」
委員長に嫌がらせ出来て、気分が良い。
調子よくボス戦に挑めそうだ。
19時10分、刀スキルの事を調べ忘れたまま、カイラルを起動した。
森にいた時と違い、町の中は随分と明るい。
北出入口からエリアボス手前まで来るのに、30分かかって到着すると、3人冒険者がいた。
「お、ボス行くの?」
こちらが気付いた時には向こうも気付いていたようで、女性に話しかけられる。
顔の良い男女3人組。
女性はローブに杖。男性は大盾とメイス、長剣の2人だった。
「はい。ボス行きます」
俺は近づいて、彼らの近くで座り込んだ。
普通の行動をしたつもりだったが、女性からするとそうではなかったらしい。
「え? ボス行くんじゃないの?」
「待ってないんですか?」
女性と俺は話が嚙み合わず、首を傾げるばかりだった。
女性が男性にどういうことか分かるかと、問いかける。
「あれだろ。順番待ちがあるって思ってるんだろ」
「え? どういうこと?」
「だからー、ここのボスに挑むのはここのサーバーで1組ずつだと思ってるわけ」
「あー! 大丈夫。パーティごとに、ボスと場所は用意されるし、何度も周回できるから」
「あ、そうなんですね。それじゃ行ってきます」
ゲーム内の恥は恥ではない、と俺は思っているが叫びたくなっているのは事実だ。
現実であれば、顔が赤くなっているのはバレるだろう。
逃げるようにエリアボス前に行き、マイカ2に準備してもらう。
「録画頼むぞ」
言いながら『エリアボスに挑みますか? はい・いいえ』の『はい』をタップした。
『問題ありません。録画は開始されています』
「え? いつから?」
問いただしたとき、俺はいつの間にかエリアボスのフィールドの真ん中にいた。
タップした時には移動させられていたのだろう。
今は全く動けない。
その状態で森の奥から出てくる、巨大な蜘蛛を見ていた。
動画で何度も見ていたのと変わらない、黒い体に鉤爪状の脚。
口を開け閉めし、脚でリズムよく地面を叩くと、脚と体に土の鎧が出来上がった。
ボスの準備が整ったところで体が動かせるようになる。
ボスの頭上にはHPゲージが表示され、3本出てきた。
これは知らない。動画では2本だった。
1歩ずつ確かめるように遅い歩みで、向かってくる土蜘蛛。
ベルトに通しているスリングを使う。
インベントリを開き、石を地面に出す。一先ず5つだけ出しておいて問題なさそうであれば、スリングで戦う。
石をセットし、頭上でグルグル回していると土蜘蛛が防御姿勢をとった。
8本ある脚の前4本で顔付近を隠している。
構わず大きな的となった脚に石を飛ばすが、ダメージはそこまで通っていない。
減った気がしないでもない、くらいだ。
残弾4発を飛ばし切り、HPゲージ1本目の1割も減っていない体力を確認して近接戦に移行する。
リーチのある前脚がこちらを迎え撃ってくるが、土の鎧で遅く攻撃になっていない。
懐に入り込み、顔に抜刀しながら一撃。さらに踏み込んで、もう一度顔に切りつける。
一度間合いから外れてボスのHPを確認すると、1本目の2割近く削れていた。
3本もあるから、できるだけ最初は時間をかけずにHPを減らしたい。
この感じだと、あと16回顔を切れば、HPの1本目がほとんどなくなるくらいだろう。
1度に16回連続で切り続けられるほど、時間はない。ただ、5回切るくらいの時間はある。
「だあぁぁぁ!」
気合を入れ、間合いの外からタイミングを計り、先ほどと同じように踏み込む。
顔に切り上げ、袈裟切りの2撃、口に突き、突いたまま払い切り。
脚2本が背後から迫っているため、避けて間合いの外に立つ。
緊張していると思っていたが、体の動きは冷静だ。
力むこともなく、想像通りに体が動いている。
土蜘蛛のHP1本目は5割を切っていた。
口の中が弱点とか、連撃でボーナスダメージとか、そういうのだろうか。
その後、1本目を削りきるまで連撃を警戒されて、ちまちま削ることになった。
HPが2本目に突入すると、動画で見ていたように土の鎧を外して攻撃をしてくる。
こちらが近づかなくても、距離を詰めてきて、間合いの少し外から踏み込んで、薙ぎ払い。
間合いに入ってきたら、脚4本で連続突き、突進などバリエーション豊富だ。
こちらが攻撃する回数も減り、避けることばかりに意識を割くことになった。
そうなっているのは、鎧を除けた土蜘蛛が予想以上に速いから。
ただ、速さに慣れてきたため、そろそろ反撃だ。
間合いの外から一気に距離を詰める土蜘蛛。
次の攻撃は薙ぎ、突き、突進のどれかだろう。
土蜘蛛が距離を詰め、間合いに入ると脚が1本上がった。薙ぎだ。
土蜘蛛の間合いから、こちらが動いて更に距離を詰める。
薙ぎを刀で流しながら、俺の間合いに顔を捉えた。
2本目のHPは6割も残っている。減らせるうちに減らす。
振り下ろし、切り上げ、袈裟切り。
さらに1歩踏み込んで突き、払い切り、逆袈裟切り、振り下ろし。
最後の振り下ろしは、少し下がった蜘蛛に届くように大きく踏み込んだ。
その所為で突進を防御することなく、受けてしまう。
はね飛ばされて俺のHPは半分以下。
土蜘蛛の2本目は残り3割。やっぱり、連撃ボーナスあるかもしれん。
お腹を押さえると、手にはHPポーション下級。試験管を真ん中からへし折るとHPが1割回復する。
それ以降、攻撃に合わせてカウンターを決め、1撃ずつ与えていると、2本目のHPを削りきっていた。
ここからは予習になかったところ。
俺と鍛冶屋の爺さんとの勝負で出現した可能性のある、3本目に突入する。
2本目に突入した時は、特に演出はなかった。
しかし今は、土蜘蛛が口から涎みたいなのを撒き散らしながら吠えている。
言葉にならない音が、土蜘蛛の体から聞こえてくる。
くぐもった音で関節を鳴らしたような音、枝を踏み折ったような音だ。
こういう時に近づくと全体攻撃が出てきたりするから、待つ。
30秒くらい待っていると、土蜘蛛が前の脚を左右1本ずつ食い千切った。
もう一度吠えると、今度は頭の上部が割れ、人の上半身が出てくる。
男性とも女性ともつかない真っ白の体だ。
目は閉じ、口がずっと開いており、土蜘蛛の体液で体中ネバネバしている。
「うわぁ……」
「ヴヴァー!」
口を開けたまま叫び、両手が自由に動くようになった人部分。
食い千切った脚には土で塞がれている。
「ヴヴァヴァ、ヴヴァヴァ」
再度叫ぶと、両手で土の槍を持っていた。
ようやく土を操るようになったが、異常に強くなっていそうだ。
相手の攻撃を見ようと待っていると、土の槍を飛ばしてくる。手の動きと連動しているため、分かりやすい。
余裕をもって槍を避けると、穂先が避けた俺に追従した。
焦って刀で弾き飛ばすと、地面に転がる土の槍。
人部分が左手をサッと上げると、土の槍が引っ張り上げられ戻っていく。
「魔法で連射しないのね」
拍子抜けだ。
土を操って、壁を作られ袋小路に追いつめられる。槍の連射。くらいはあると思ったのに。
遠距離武器を手に入れただけか。
いや、そうと決めつけるのは早計だろう。
それで死ねば、銀貨5枚の刀が無駄になる。
最大限の注意をしながら、土蜘蛛に走っていく。
何度か土の槍は投げられるが、刀で弾くことができるため脅威ではない。
前の脚2本がないため、迎撃の薙ぎは来ない。
人部分に向かってジャンプし、首に一閃。
まだHPは7割ある。
着地して両手首を切った。
そのまま胴体に向けて、袈裟切り左右、逆袈裟切り、薙ぎ、袈裟切り、逆袈裟切り、水月を突く。
人部分は弱点のようで水月を突いた時点で、土蜘蛛のHPはほぼ無い。
突いた状態のまま、背負い投げるように胴体を頭に向けて切り裂いた。
土蜘蛛に向き直り、残心。
土蜘蛛は白い砂となり、消えていった。
「案外いけるな」
一先ず、エリアボスは死ぬことなく倒すことができた。
次は、刀のために金を貯めるぞ!
『ミッションを達成しました。ミッション内容を更新します。報酬として銀貨10枚を獲得しました』
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