第28話


「なんだ?」

「鍛冶屋の爺さんから、武器を強化できると聞いてきた」

「お前、メクサか?」

「そうだ」

「入れ」


 蝶番がギィと音を立て、ドアが開かれた。

 室内は炉もない、ただの部屋だった。

 ここで強化が行われるのか?


「どれを強化するんだ?」


 ドワーフは特に名前を言うこともなく、大きな机の近くにある椅子へ座った。

 刀と鉈を取り出して、運営から送られた強化素材を机に置く。

 するとドワーフは鉈を手に取り、じっくりと見始めた。


「この鉈は強化してもそこまで強くならない。それより強化するのはメインの武器は1個じゃないのか?」

「普通はメインだけ?」

「当たり前だ。耐久値なくなっても直せるからな。それにサブはメインと同じ武器だ」

「うーん、それじゃあ鉈はやめて、こっちにしておく」


 鉈をインベントリにしまって、片手斧を取り出した。

 特別なところが何もない、木製の柄に鉄製の斧。


「スリングはいいのか?」

「? これって強化して強くなるのか。耐久が上がるだけだろ?」

「強化にも色々と方向性がある。攻撃力は上がる」

「それなら、この3つ強化してくれ」

「この素材だと、刀が2回、手斧が1回、スリング1回になるがいいか?」

「問題ない」

「強化の方向性を決めるぞ」


 説明によると強化の方向性で素材が違うらしい。

 ただ今回はどの方向性でも、説明された回数になるようだ。

 強化には3種類あり、武器の場合はATKだけ、DURだけ、両方。防具はDEFだけ、DURだけ、両方らしい。

 刀は両方、手斧はDUR、スリングはATKにした。


「銅貨50枚だ」


 ダブルタップして支払いを済ませると、所持金が銀貨4枚と銅貨80枚になった。

 銀貨を使うと思っていたから、思いのほか安くて気楽に払うことができた。


「手斧に装飾できるか?」

「出来るが、耐久は減るぞ」

「メインで使ってると誤解するくらい、装飾しといてくれ」

「なるほど、わかった。手斧以外は今すぐできるがどうする?」

「頼んだ」


 ドワーフは素材と刀を手に取った。

 ぶつぶつとつぶやき始めると、素材と刀に灰色の魔法陣があらわれる。

 魔法陣は段々と輝きを増していき、素材と刀を勢いよく合わせると見た目に変化のない刀だけがあった。


「これが強化だ」

「へー」


 興味ないことが、一瞬でバレる返事をしてしまった。

 ドワーフも咎めるような視線を向けてくる。

 それでも強化の作業を続けて、スリングと刀の強化が終わると渡してくれた。


「手斧は2時間あればできる。いつでも取りに来い」

「装飾代は?」

「ここらのボスをうまく倒せたら、タダにしてやる」


 ドワーフのニヤつき顔を見る限り、鍛冶屋との件を知っているようだ。

 この町にいる限り、ここ生まれということで行動は知れ渡っているのかもしれない。


「楽しみにしててくれ」


 自分に酔いながらドワーフの家を出て、組合の隣にある雑貨屋へやって来た。

 ここでは、HPポーション、MPポーションの低級と下級等の回復用品が売っている。

 雑貨屋の店主はメクサ君の事を知っているはずだが、鍛冶屋のように距離が近いわけではなく、他の人と同じ扱いだ。

 雑貨屋はカウンターで必要なものを頼んで、用意してもらうタイプの店だ。


「包帯1つ、HPポーション下級3つ。HPポーション低級3つ、毒消しポーション低級3つ下さい」

「ボスの牙にある毒は下級の毒消しじゃないと通用しないよ」


 森のボスには毒があるようだ。初耳なのだが。

 それにしても、あのドワーフといい、この店主といい、皆が俺の挑戦を知っているらしい。


「それなら毒消しポーション下級3つください」

「わかった。銀貨4枚と銅貨53枚だ」


 ダブルタップして支払いを済ませると、残ったのは銅貨27枚。

 ポーションの所持上限は10個だが、そこまでお金はない。

 現状、HPとMPは満タンだ。

 今からボスに向かいたいところなのだが、まだゲーム内は夜で暗い。


 現実時間は16時前。今日は現実と昼夜逆転の日らしい。

 現実時間で17時に日の出を迎えるため、そこを目指していくか、夕食を食べてから行くか。


「行くか」


 できるだけの準備をしたはずだ。

 相手の動きも大体は動画で予習した。

 動画を撮るのは、AIに任せればできる。

 北出入り口を抜けて、砂利道を歩いていくと森の手前まで来た。

 そして気づいた。


「俺、森に入ったことないかも」


 Gランクの依頼は東西の平原で、レベル上げは南の山手前にある平原でしていた。

 Fランクの護衛依頼は森に行くが、明るくなってからしかできない。


 これからの予定は森に慣れるため、18時まで森でスキル熟練度上げて夕食、19時前からボス戦、20時にはトライリッター、その後に護衛依頼。

 これでいこう。


 森に入って、人が踏み入っている道を歩いていく。

 5分も歩かないうちに看板が出ており、森の奥にここ周辺の魔物のボスがいるとあった。


 どのぐらい奥に行けばいるのか、それも知らないな。

 心が逸っていたようだ。アイテムと自分の準備だけして、ボスまでの道のりを知らなかった。いや、毒の情報も知らなかった。

 楽しくて周りが見えていなかったと考えよう。


「マイカ2、録画できるか?」

『できますが、本当にするんですか?』

「ダメなのか?」

『サッカリンにバレますよ』

「名前も変えたし、声も違う、顔だってアイツとしてる時はお面被ってたからダイジョブ」

『そうですか、分かりました。カメラ、音声の設定をしてください』


 そうして俺は、森の中で録画のために設定をすることになった。

 カメラは俺の視点、ボス戦のエリア前後左右、マイカ2用の1つ。計6つだ。

 音声に関しては、声は現状の変換している状態、その他の音声については『いい塩梅で』という注文をした。


『配信サイトの非公開アーカイブに残します。その後、編集してアップします。編集についてリクエストはありますか?』

「いい感じのBGM、あと身バレしないように気を付けてくれ」

『分かりました。BGMを探しておきます』

「少ししたら戦闘があると思うから、録画しといてくれ」

『はい、録画スタートします』


 獣道を歩くこと20分。全く戦闘がない。

 仕方なく獣道から外れて、森の中を歩いていく。

 マップを開くと歩いた場所はマップに記録されているようで、道が見える。迷うことはないだろう。


 道を外れて、すぐに魔物と遭遇した。

 相手は蜘蛛。

 ただの蜘蛛より大きいが、動画で見たボスよりは小さい。

 俺の腰くらいまでの高さがあり、キシャキシャキチキチ鳴いており、気持ち悪い。

 色は黒、随分と硬そうな脚を動かして地面がドスドスと音を立てている。

 倍以上の大きさを持つボスは、相当強いのではないだろうか。

 おもむろに近づいて、刀を振り下ろすと一撃で絶命した。


「え?」


 重さは手ごたえとして感じず、少し硬いだけだった。

 随分とあっさり、戦闘が終わった。

 更に奥へ行くと、今度は大量の蜘蛛がいた。


 10匹どころではない、得体のしれない気持ち悪さに震えながら数えると、25匹いる。

 倒せると思うが、気持ち悪さが勝るため戻ろうと後ろを向くと、大量の蜘蛛が待っていた。


「うそぉぉ」


 鳥肌が立ち絶望して上を見ると、蜘蛛が木々に糸を張って移動していた。

 地面以外囲まれている。

 カイラルの蜘蛛は多数で狩りに当たるらしい。獲物は俺。

 納刀した状態から、獣道の方向へ走る。

 目の前の群れを切り、踏みつけ、すぐに獣道へたどり着いた。だが、後方には蜘蛛の群れ。


 HPは減っていないが、精神的にキツイ。

 蜘蛛たちの足音と、口から聞こえてくるキチキチという音が気持ち悪い。

 ただ、少し慣れたようで群れに向かって飛びこむ勇気はある。

 確実に先ほどよりも減った群れに飛び込んで、切り、踏みつけ、掴み、投げつける。

 背中に張り付かれると、前転して圧し潰す。

 体中を蜘蛛の体液まみれになりながら、倒し切った。


 ドロップアイテムは『土蜘蛛(幼体)の糸』だけ。しかし、刀のスキル熟練度が上がり15から17になっている。

 そう言えば、刀スキルがどう上がるのか調べたことなかったな。

 片手剣みたいに、新しいスキルが出るのはいつになるのか。


 獣道から外れることをやめ、進んでいくこと20分。

 少し先に、木々がまばらに生える広い空間が見えた。

 その空間の前に来ると、目の前に画面が表れる。


 『エリアボスに挑みますか? はい・いいえ』


 迷わず『いいえ』を選択して、来た道を帰っていく。

 道なりに向かえば、魔物は出てこず安全にボス戦まで出来ることが分かった。

 動画で見たよりもエリアボスフィールドは広く見え、木々も多い。


 攻撃を避けたり、かく乱したり、できることが多いだろう。

 その後、森の前まで戻ってから18時まで森で戦闘をした。

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