第23話
「え、えっ?」
思考停止して玄関で突っ立つ。
家に入らないと達成率が100%にならないから、うずくまった男に肩を貸して家の中に入った。
ドアから少し離れた場所に家の大きさにあった、10人くらいが囲める机がある。
しかし、椅子は一脚しかなく。他の椅子は壁に並んでいた。
周囲には武器になるようなものが椅子とテーブルしかなく、警戒を少し緩める。
男を一脚だけの椅子に座らせて、一息吐く。
ここは、一日一善の使いどころだろう。
「おい、大丈夫か。何があった?」
「聞いてくれるか?」
それから始まった話は随分と長かった。
ただ、ストーリーがないこのゲームで、重く暗いバックストーリーを延々聞かされるとは思っていなかった。
どのくらい長いかというと馬が休憩し終え、俺の帰りを待っていた依頼主が耐えきれず傭兵達を捜索に出すくらい長い。
おっちゃんにも急ぐ用があるため、俺が見つかってすぐに教国へ向かった。
「ごめん、おっちゃん」
「いいんだ。アイツの話を聞いてくれたんだろう。そういう時間も必要だからな」
御者席で荷馬車を走らせる依頼主に、馬車内から話しかける。
俺はまたしても、楽な場所で護衛だ。
誰とも話すことなく馬車に乗せられた。
おっちゃんは延々と話を聞かせてきた男と知り合いのようで、ここを通ったのもそれが理由だそうだ。
俺が延々と聞かされた話だが、短くまとめると。
トーイチ王国とゼンツキ教国で戦が行われ、王国と教国の境に近い教国領のあの村が襲われたそうだ。
教国側の兵士として参戦していた村の男達は、村とは離れた場所で合戦に参加して勝利。
王国側の敗残兵が村を襲ったようだった。
ただ、チューリッツが近い事もあり多数の傭兵が巻き込まれた。
それによりチューリッツは現状王国側への傭兵派遣を中止しているらしい。
だから王国の名前を持った男が、チューリッツに来ていたのだろう。
おっちゃんは、あの男のように誰かに話をする時間が必要だと言っていた。だが、俺はそう思わない。
苦しい、辛い、悲しい、そんな話は人に打ち明けるようなものではないと思っている。
そんな感情は誰でもない、空にでも呟けばいい。
1年経てば気にすることもなくなるし、1週間あれば心の整理が出来るだろう。
それにしても1年前のゲームで合成音声が人臭い演技を出来るとは。
ゲームの出来に感心していると、馬車の移動ペースが落ちた。
「おう。教国見えてきたぞ」
教国はチューリッツよりも壁が低く、壁内の建物が見える。
白い建物が多く、奥の方には城のようなものも見える。
城の奥には山があって、山頂までの道が整備されているようだ。
「あの山は?」
「あそこは国教であるゼンツキ教の偉い様方が、俗世から離れて暮らす場所だ」
今はまだ遠く見えているだけだが、城の裏手に山がある様にしか見えない。俗世はすぐそこだぞ。
それから15分くらいで教国の壁門に到着した。
門衛に依頼で来たことをおっちゃんが告げ、壁の中に入る。
『称号:ここは、ゼンツキです。を取得しました』
馬車に乗ったまま、しばらく曲がりくねった石畳みの道を進むと、太陽を模した黄色い看板の店に着いた。
俺の仕事はここまでだったようで、依頼主の御者から紙を渡される。
「おう。依頼は終了だ。コイツを教国の支部で見せれば依頼は達成だ。助かったぜ」
馬車から降ろされ、物言わぬ傭兵3人と共に支部とやらに向かっている。
マップを見る限り、向かう方向は一緒だからだ。
先ほど入って来た壁門の近くに支部があった。
支部に入ると他の3人はどこかの部屋に入って、俺と受付嬢だけになる。ゲーム的だ。
「すみません。廃村の見回りと、この依頼達成しました」
渡された紙を出すと、受付嬢は確認してから布袋を2つ渡してくる。
「はい、確認しました。こちらが報酬です。チューリッツに戻られますか?」
戻るというのは依頼を受けてほしいのだろうかと思っていると、ヘルプが出てきた。
ファストトラベルのようなシステムで、戻ることも出来るらしい。
他所の国に初めて行くときは省略できないが、一度行けば省略できるという事だった。
「戻ります」
「わかりました。支部裏手にある馬車内でお待ちください」
廃村の見回りは何も聞かれなかった。もう少し会話があって村に帰ってきた男達の話をするのだと思っていたのだが、そこまで作りこまれてはいないのか。
いや。毎回毎回会話していたら手間になるから、達成率と報告だけにしたんだな。
裏手の馬車に乗りこむ。この馬車は扉があって座る場所もある馬車だった。
中で座ってインベントリを操作していると布袋だけになっており、お金はインベントリを圧迫しないような設定になっていた。
インベントリの右上に所持している金額が表示されていて、現在は5万イエンらしい。
廃村の見回りが1万、教国への護衛が4万だ。
良い防具でも買うか、武器を買うか。どうしようかと考えていると、馬車の扉が叩かれた。
「到着しました」
動いた感じはなかったが到着した?
扉を開けて外に出ると、知らない場所だ。
「こちらです」
知らない受付嬢に促され、馬車を降りて付いていく。
建物裏手のようで、遠くから多くの声が聞こえてくる。
歩いていると視線の先にコロッセオのようなものが見えた。恐らくここはチューリッツだ。
ファストトラベルとはいえ、馬が動き始めて暗転。視界が戻ってくると目的地、だと思っていた。
ロードしてないのか?
「お疲れさまでした」
着いたのは傭兵組織の建物横、受付嬢はそのまま通りを歩いて仕事に戻っていった。
今の時刻は17時45分頃。
ゲーム内で移動していなければ、時間は経たないらしく同じ時間だった。
今からやることも特にないため、ログアウトしようとした時にレベルの上昇に気が付いた。
依頼を達成したからレベルが上がったのだろう。
現在のレベルは8。
ステータスを見ると4つある項目。『力』『心』『技』『体』の内、『力』が最も高く、『心』が最も低かった。
自動割り当てで『力』のポイントが高いという事は、力押しをしているという事なのだろう。
俺は、技量の高い男だと思っていたのに。
少しだけ悲しくなりながら、ログアウトした。
夕食を終えて、VRに戻ってきたのが18時40分。
その後、トライリッターで依頼を受けてレベル上げをしていると目の前に画面が出てきた。
時刻は20時ちょうど。
『フレンドからルーム統合の招待が来ました。音声変換MODを使いますか』使わずにルーム統合を受け入れる。
視界が光って目を閉じ、開けた時には噴水広場に立っていた。
正面右側にミントグリーンの傭兵、委員長。
正面左側には赤銅色の装飾がされた全身鎧を着ている男がいた。カマタニだろう。
「鷹峯さん、カイラルはしていなかったんですか? 長時間こちらをしていたようですが」
「ああ、緊急メンテでな」
「そうですか。それなら今日は長時間できますね」
「そうだな」
「はあ、わったん。挨拶無し?」
「俺は、マウント・ホーク」
「私は、グッド・ヒル」
「おれは、ON存」
自己紹介したカマタニを見ると、全身鎧のどの部位にも龍の装飾が入っていた。
頭は龍の頭を模していて、顔は見えない。
俺からするとダサいのだが、カマタニにとってはどうなのだろうか?
「よし、2人とも今からプレイヤーネームで呼ぶように。剣武会はオンラインだから練習だ。スタート」
小学生の頃、スタートと言って勝手にルールを決めたゲームを始める奴がいたな。
皆、迷惑そうだったが笑っていた。
カマタニの言う事ももっともだった為、メニューを開いて設定から音声変換MODをONにした。
「あーあー。声変わってるか?」
「はい、私も変わっているようですね」
「大丈夫。ホーク、ヒル」
俺の声も委員長の声も、いつもより低くなっている。
カマタニはいつも通りの声だ。それで問題ないのか。
「えーと、気になってたんだけど。どうして2人はパーティ申請してるの?」
「なんで?」
「受付嬢におススメされたからです」
「だ、そうだ」
「それよりホークさん、この紋章は何ですか?」
「パーティ紋章っていうやつ。龍の全身鎧よりもいいだろ?」
カマタニの近くでそう言うと、委員長はカマタニを見て、何度か頷いていた。
予定では、これから剣武会に出るという事だ。
剣闘場で行われると思うのだが、やり方が分からないため、全てカマタニ任せだ。
「それで、ドラゴンマニア君は、何て呼べばいいんだ?」
「はぁ、オンゾンでいいよ。今から剣闘場でオンライン剣武会の申請するから、行くよ」
そうして3人で剣闘場へ向かった。
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