第21話


 教室に着くと、ほぼ全員が登校していた。

 2人で練習していたことは知っていたのだろう、赤沢が入って来た俺たちに近寄ってくる。


「練習どうだった?」

「坂下に落とされて、やる気なくなった」

「鷹峯さんも私を落としませんでしたか?」

「そうだったか? まあ、落としても俺はルール知らない奴を落とすほど、意地悪くないからなぁ」

「はは、鷹峯くんも大概にな」


 乾いた笑みを浮かべて、俺の席までついてくる赤沢。

 委員長を見ると、色の薄い金髪と妙に明るい茶髪の近藤が近くにいた。

 あれだな。俺批判か。

 ああいう軽口は相手に対して言っても大丈夫とか、思い入れがほぼ無いから言えるだけだ。


 勝手な考えだが坂下も同じだろう。

 机にスマホをセットしていると、赤沢は話しかけてくる。


「ゲーム、どうだった?」

「割と面白かった。イージーだけだったから難易度上がればもっと面白そう」


 人と距離を詰める時は、共通の話題から会話を膨らませると聞く。

 これが、そうなのだろう。

 それにしても赤沢を近くで見て、ようやくどういう人なのか認識した。

 俺よりも身長は小さい。

 フレームの細いAR眼鏡をかけ、髪が短いのは前もそうだったか。

 見た目は、はっきり言ってインテリヤクザ風のキッチリしている感じがある。


 現状ヤクザという組織体系は物語の中だけらしいから、想像だが。

 よく見ると、右手の薬指に大き目な平打ちシルバーリングをしていた。

 おそらくは身分証や決済を求められたとき用の物だろう。

 それ以外は、学校では認められていない。


「楽しそうでなによりだ。それで肝心のタイムは?」

「え? 覚えてない、というかタイム見てないな、俺」

「坂下。タイムどうだったんだ?」

「45秒くらいでした」


 イージー45秒、次の難易度は何秒で完走すると良いのだろう?

 坂下から話を聞いた赤沢が、こちらを向いた。


「鷹峯くん、速いよ! その感じで頑張って」


 言い終えると、赤沢は席に戻って行く。

 検索するほど気になっているわけじゃないから、質問したかったのに。

 その後、火曜日の時間割は6時限目まで全て座学のため、休み時間返上で3時限目までにすべての課題を終わらせた。


 今日はカイラルで北の森のボスを討伐する。そして、刀を銀貨5枚で手に入れる。

 食堂までの道すがら、ボスの情報を調べているとカマタニがやって来た。

 近くで歩いているのは分かっているが、無視してボスの情報を調べていく。

 2時限目の休憩中に忘れないようにと頼んだ、日替わり定食を受け取っていつもの席に向かった。

 俺の隣の荷物、その隣にカマタニは座った。


「わったん、何調べてんの?」

「カイラルの最初のボス」

「そのボス、動画で見ました」


 言葉少なに返事をすると、対面の席から返答があった。

 この声、この話し方。委員長だ。


「そうか、動画見てみるよ。それで、そこにいるってことは何かあるのか?」

「はい。今日も変更なく20時からトライリッターです」

「そうだ、わったんと坂下さん、三騎士始めたんだよね」

「あ! カマタニ、委員長に番号教えただろ」

「三騎士、一緒にプレイするなら必要だったんだからいいじゃん」

「ゲーム内フレンドでいいだろ」


 AR眼鏡で動画を見ながら、思うままに返事をするが確かに『まあ、いいか』と思えるような内容かもしれない。

 問題は三騎士で、なぜか話題性が欲しいカマタニが初心者の委員長と俺に話しかけてきたことだ。


「それよりも一緒に三騎士しよう!」

「しない。連携練習のために仕方なくしてるだけだからな」

「剣武会に出れば、レベルの高い相手と戦闘して、連携を鍛えることが出来ると思うんだけどなぁ」


 俺にではなく、委員長に向けて話始めるカマタニ。

 よく分かっている。最終決定権は委員長にある。


「釜谷さんの言う通りです。鷹峯さん、剣武会に出てみましょう。ベテランの釜谷さんがいれば、連携を鍛えやすい場所や相手が分かるかもしれません」


 随分と乗り気だな、委員長。

 確かに連携を鍛えるという事を考えると、三騎士でベテランのカマタニを使った方が良さそうだが。


「20時からだっけ? 俺が2人を呼んでルーム統合するから待っててね」

「わかりました」

「わかった」


 それ以降は赤沢もいつの間にか来て、三騎士の話がはかどっていたようだ。

 俺は食事を終えるまで、ボスの情報を確認していた。

 北にある森のボスは土蜘蛛と呼ばれる大型の蜘蛛。


 高さは人と同じくらい。全長は人より大きく見え、HPゲージは2本。

 戦闘が始まると体に土の鎧を纏って防御力を上げる。攻撃によってダメージを受け始めたら、鎧を捨てて速度を上げて攻撃する。

 その2段構えらしい。


 最初は移動と攻撃が遅く、鎧を捨てると全てが速い。

 遅いからといって後方に回ると糸を出され、当たると移動速度低下のデバフがかかるらしい。

 戦闘の一連の流れは動画で見た。再生回数が異常に多かったから負けた人達が多くいたのだろう。

 ボス戦の動画数が少なかったから、俺も投稿する予定ではある。


 カイラル自体の動画が少なかったことから、どうやらストリーマーやら動画投稿者があまり抽選に当たっていないようだ。

 ちなみに、アレハンドロさわじまの動画は生配信のアーカイブだけで、全てが生産スキルの熟練度を上げている動画だった。


 12時30分には学校を出て、50分には家に着く。

 いつも通り、帰りに準備をしてもらっている為、着替えて1時間の運動。

 運動を終えて風呂に入り、14時20分から自由時間となった。

 スマホとPCと小型VR機を繋ぎ、いつも通りVRを起動する。


『合言葉を』

「VRゲーム、サイコー」


 ベンチに座り、左手でメニューを開いてカイラルをタップした。

 すると、いつもとは違い、ポップアップ画面が出てくる。

 『緊急メンテナンス中です。詳しくはHPを確認してください』


「うそぉー‼」

 俺は10秒間くらい静止していた。


「検索、カイラル緊急メンテ」


 ボイスコマンドを使用して、AIにウェブ検索してもらいHPを開いた。

 緊急メンテナンスに関して、ワールドクエストに影響のあるバグを発見したため、明日の昼12時までメンテナンスを行うとあった。

 緊急メンテを見て体に力が入っていたのか、ため息とともにベンチに体重を預ける。


「はぁー。これでいいか」


 トライリッターをすることにした。

 機構戦闘記をしたい気持ちはあるが、22000円かけたトライリッターをしないという選択肢はない。


 トライリッターを起動すると、傭兵派遣組織前でゲームは始まった。

 派遣組織で仕事でも受けようかと思っていると、メニュー画面を開く為の白い点に新着表示の赤い点がある。

 メニューを開くとフレンドとパーティの項目に赤い点があった。


 傭兵派遣組織の建物に背を預けて開くと『パーティ紋章を設定してください』と画面が出てくる。

 レベル上げをして楽しみたいわけでもない為、ゆっくりと紋章を作ることにした。

 紋章の作成はVR部屋風の場所ですることになり、椅子に座って行う。

 これでいいだろうと、満足したのが15時30分頃。


 出来た紋章は、背景に三本足の右を向いたカラス、メイス2本が交差して真ん中に長剣が突き立っている紋章となった。

 揃えられていたテンプレートから作ったが、仕上がりには満足だ。

 委員長が気に入ってくれるかは別だが、反応は悪くないと思う。


 パーティ紋章を決定すると配置を決めることになり、胴の表に自分の紋章、裏にパーティ紋章を表示する。

 やることもない為、仕方なくトライリッターのレベル上げを行うことにした。

 レベル制で、ステータスポイントは自動割り当てのトライリッター。

 レベルを上げればそれだけで、攻撃力は上がるそうなので、剣武会に向けて少しでもレベルを上げよう。


「どうやってレベルを上げるんだ?」


 魔物のいない世界だから、人と戦闘するしかないわけだ。

 町の外歩けば、盗賊でも出てくるのだろうか。

 少しの間、悩んで視線を上げると頭を建物にぶつける。

 背を預けていた、傭兵派遣組織の石造りの建物を見た。


「傭兵業でレベル上げするか」


 外に出て盗賊を待つよりもレベルが上がりそうだ。というよりもゲーム的にそれが正解なのだろう。

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