第20話


 火曜日、6時30分にロボットアームを口に突っ込まれて目を覚ました。


『起きてください。7時に出発です』


 起きる前から家出た時のこと言われるなんて、食べていない朝食が出てきそうだ。

 どうにかこうにか動き出し、7時には家を出た。

 早起きになれていないから、体調が振るわないのは仕方がない。


 バイクに跨りながら、忘れていたミントタブレットを2粒口に放り込んだ。

 走行風でミントの香りが鼻から抜けて、目が覚めるような爽快感を期待しよう。


 学校に着いたのは7時15分。予定よりも5分早い。

 ヘルメットに表示された予定到着時刻よりも早い。誤差の範疇ではない。


「20分の予定じゃなかったのか?」


 AR眼鏡を掛けながら話しかけると、目の前にデカデカと今日の課題を表示される。

 質問に対する返答だろうか。


『とても嫌味な言い方でした。友人ができないのも理解できます』

「お前が機能停止されたのも理解できるな」


 嫌味を言う高度なAIは、淘汰されるのだろう。

 AIくらいご機嫌取ってほしい、と思うのが人だろうから。

 俺はこれくらい言い合えるAIがいい。


 もしかして、友人がいないからそう思うのか?

 何とも言い難い考えを巡らせていると教室についた。

 入ると、モニターで何かを読んでいる委員長。坂下の方だ。


「何読んでるんだ?」

「教科書です」


 思わずヘルメットを置く、手が止まってしまった。

 教科書を読むって、ネットでカイラルの情報漁ってましたの方が理解できる。

 そう言えば俺も情報漁らないといけないんだった。北の森のボス情報。


「VR室の入室許可は?」

「早朝で月曜日から金曜日まで取っています。行きましょう」

「はいはい」


 7時くらいから学校にいたのだろう。傍から見る限りでは体調も良さそうだ、俺と違って。

 西棟の2階へ向かっていると、図書室に明かりが点いていた。


「図書室、この時間から誰かいるのか?」

「司書の先生でしょう」


 返事をしながら、スマホをかざしてVR室の扉を開けた委員長。

 見る限り誰もVR機器を使ってはいないようだ。

 まだ調べていないVRスポーツ大会の強豪校は、4月の2週目でも練習に明け暮れているのだろう。


 入り口近くの2台を使い、練習を行う。

 電源を入れて、シールドを開ける。


「前回と一緒です。何もしないで待っていてください」

「おけー」


 返事をしてシールドを閉める。準備を終えて合言葉でVRを起動。

 相変わらず高性能なのか、頭に衝撃が来ることもなく、気づけば前回同様に真っ白な空間にいた。


 少しして晴れて色鮮やかな空。真っ白な何かで出来た障害物コースが見える。

 視線を上げると『VR障害物競争 イージー』とあった。

 それにしても気持ちの良い空だ。冴えていなかった目が開き、体を伸ばす。


「気持ち、いい、めっちゃ天気いい!」

「鷹峯さん、練習始めますよ。着替えてください」


 声のする左を向くと、委員長が体操服姿でいた。

 姿勢がいいのは地味な格好に似合っていないと思う。猫背だったら地味な女子のステレオタイプ通りなのだが。


「着替え方は?」

「メニューを出してください」


 メニューで着替える項目があるのだろうか。前回はログアウトと設定しか項目がなかったはずだ。

 メニューを開くと、服という項目があった。

 服を開くと、制服、体操服、個人に準じる、がある。

 好奇心から個人に準じるを選択すると、いつものユルユルの服になっていた。


「これでいい?」

「その草履で速く動けますか?」


 無言で体操服に変更した。

 俺の対応は間違っていなかったようで、委員長は頷いている。


「準備はできましたね。今から、この真っ白なコースを走ります」


 そう言ってスタートと書かれた線に近づいていく委員長。

 それに付いていくと、コース外が見えた。

 コース外は空と同じ色をしていた。落ちれば真っ逆さまだ。


「委員長、これ。落ちたらどうなるんだ?」

「気になります、かッ!」


 委員長は、下を覗き込む俺を掛け声と同時に押した。

 俺はなすすべなく、空に落ちていく。

 落ちて分かったのは、スタート位置は空中に浮いた白い箱という事だ。


 男の心臓が居心地の悪い浮遊感に悩まされ始めた時、スタート位置に戻ってきていた。


「落ちたら落ちる前の場所に戻ってきます。タイムロスするので落ちないでください」


 あれだな。何度言っても実践学習に来ない、俺に苛立ちを感じているのだろう。

 22000円払って協力してるんだからいいだろうに。

 まあ、チャンスが来れば俺も落とすつもりだ。


「今回はイージーと書いてあるように、とても簡単なコースです。今日中に1分以内でゴールすることを目指します」


 目標を教えてくれるのはいいのだが、1分切りは速いか遅いか、基準で言うとどこらへんなのか教えてほしい。

 そう考えていると、委員長はスタートを切っていた。

 ただ、最初という事で急がず説明しながら壁に向かっている。


「イージーコースの障害物は壁、昇降機だけです。今日はそれだけ覚えれば1分切り出来ます。まずは、この壁です」


 近くに来た壁は見たところ、取っ掛かりもなく1人で登れるものではなさそうだ。

 2人1組で攻略するような障害物になっているのだろう。

 俺は映画で見たように壁に背を付けて、指を交差させて足場を作った。


「何してるんですか?」

「これじゃないの?」

「そんなことしていたらカイラルが取られます。ここはVRです。壁に両手を付いて足を前後に広げてください」


 言われたとおりにして、次の動きを待っていると、ふくらはぎ、腰、肩の順で足場にされた。

 VRだから痛みをある程度無視して、障害物を乗り越えるらしい。痛みを無視するのは俺だが。


 上を見ると壁を登り切り、手を伸ばしている委員長。

 ジャンプして掴むと、少し引き上げもう片方の手で壁を掴めるようになった。

 そこまで来ると後は、足を上げて体ごと壁を乗り越える。


 俺の身長の倍はある壁を下りるのだが、委員長は躊躇いなくジャンプした。

 俺も問題なくジャンプしたのだが、少しの躊躇いを見咎められる。


「鷹峯さん、高所恐怖症ですか?」

「違う。そうであってもコースから落ちたんだから慣れてるだろう」

「そうですか。次は昇降機です」


 随分と走った先にある昇降機と言われたものを見ると、俺の考える昇降機ではなかった。

 白い棒が1本、空中に横向きであるだけだ。

 少し先にある高い場所にコースが見えた。恐らくそこまで移動させるものが棒なんだろう。

 物載せたり、人載せたりして上下するものだろう。普通は。


「これは簡単です。この棒を掴んでタイミング良く離せばいいだけです。見ていてください」


 委員長は棒を掴んだ。

 すると、委員長は時速30キロくらいで少し先のコースまで移動していった。

 あれを耐える必要があるのか。


 なるほど、と思っていると委員長は少し先のコース上でパッと手を離した。

 棒は速度をそのままに、こちらまで戻ってくる。

 タイミングを間違えるとコースから落下するし、離せなかったらもう一度回るのか。

 棒を掴んでタイミングよく離すだけだから、問題なく委員長のいる所まで到達できた。


「走って、壁を乗り越えて、昇降機で移動するだけです。簡単でしょう?」

「そうだな。それより俺達これから協力していくわけだし、うまく連携できる方がいいよな?」

「? まあ、そうですね」

「そうだよな、さっさとゴールする、ぞッ!」


 隣で会話していた委員長をコース外へ押した。

 俺は急いでゴールへ走り出す。

 その顔は満面の笑みだったに違いない。

 その後、8時40分まで偶に落とし合いながら練習は続いた。

 相変わらず男の心臓は、浮遊感になれないようだった。

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