第19話
今、装備しているのは片手剣と片手斧、短剣。それを両手剣、刀、両手斧に変更した。
全て初期武器。刀は打ち刀で左腰に、両手剣は地面から俺の胸くらいまである長さで背中に、両手斧は想像よりも小さくて薪割り斧だった。初期武器だからそういうものなのか。
背中に重い武器を2つ、腰にも1つ持ったまま南に向かって進んでいく。
まずは刀だ。
なだらかな平原を歩いていると、門から少ししか離れていない所で耳鉈ウサギを発見した。
前はペアウルフと出会う方が早かった。生態系の変化が起こっているのか、誰かがここまで引っ張って来たのか。
ただ、ちょうどいい相手だ。
使い慣れた刀という武器だからこそ、制約を課して倒したい。
防御をせず、避けもしない。初撃で決める。
攻撃の軌道も分かっている。首を狙って横一閃だ。
左腰の刀に手を添えて、耳鉈ウサギに近づいていく。
耳をピンと立たせて、こちらを見ると直立した。
立てていた耳を横に広げ、前に倒れ始める。右足を前に出して刀の柄に右手を添える。
倒れながら赤い瞳でこちらを睨め上げるウサギ。
刀を握り迎撃準備を整えるとダッ、という重そうな音と共にウサギが迫っていた。
前回ほど一瞬で迫ってくるようには、感じられない。
注視しているからだろう。
問題なく、鞘を引き、刀を切り上げてウサギを迎撃する。
通常であれば刀から骨に当たった硬い感触が伝わってくるはずなのだが、水を吸って重くなったスポンジを切ったかのように軽い感触だけだった。
頭上を通り過ぎたウサギを見ると、白い砂の山になっている。
リザルト画面が出てきて、ドロップアイテムで耳鉈ウサギの毛皮。スキル熟練素は刀が0から15に上がっていた。
使い慣れていることをシステムも理解してそうだ。
装備から刀を外して、探索を再開する。
全て受けてきたFランクのクエストで、ペアウルフを5匹狩るというのがあった。
耳鉈ウサギよりもそっちの方が来てほしいのだが、少し先の方に見えたのは耳鉈ウサギの耳。
両手斧の部類に入る薪割り斧を手に取って、近づいていく。
先ほどと同様にこちらに気付いたウサギは耳を横に広げて、後ろ足で立って倒れてはじめる。
斧を構えて待っていると、重い足音と共に迫ってきた。
いざ振り下ろそうとすると振る速度が遅く、刃が間に合わなかった。
運良く柄の部分に当たって、ダメージが通り倒す事は出来た。
「薪割り斧でこれなら、両手剣は無理だろうな」
せめて刀と同じくらいの長さであれば、問題は少なかっただろうに。
残念ながら武器は決まった。刀だ。
メインが刀、サブに短剣、遠距離用にスリングかな。
装備を刀と短剣の部類だった鉈、スリングに変更してペアウルフを求め、探索をすることにしていった。
その後、ペアウルフを見つけることができ、Fランク依頼の1つを完了させた。
平原での他の依頼も終わり、後は北にある森での依頼だけだ。
護衛の依頼が1つ。護衛依頼はゲーム内が明るくならないとできないらしいから、明日の17時以降になる。
一先ず、目標だった武器の購入を終わらせよう。
新武器でスキル熟練度を上げて明日はボスに挑戦だ。
町に戻り、鍛冶屋に向かっている。最初のワールドクエスト以来か。
冒険者組合の近くに鍛冶屋はあり、大量生産されている武具を売っている商店も近い。
防具を買った専門店と薬屋も近く、冒険者組合の近くにはそういう店が集まっていた。
鍛冶屋に入ると、偏屈そうなムキムキの頭ツルツル爺さんが、簡素な椅子に座って腕を組みパイプをふかしている。
「よお、メクサ」
1度しか会ったことないのに、と思っていたがメクサ君はここ出身だったな。
手を挙げて挨拶しながら、時間を確認すると22時前だった。
「夜でも店番か、大変だなぁ」
現代では人が店番するなんてほとんどない。
高校生がアルバイトするから、商品が少しだけ高い店というのがあるくらいだ。
「そうだな。だが、陽が出ている時は休んでいるからそこまででもない」
俺の独り言に爺さんが反応した。
そうなんだー、と言わんばかりの関心顔をして何度もうなずく。
壁にかかっている武器、樽に放り込まれている武器を見ていくが刀はない。
それよりも壁にかかっているのは、何だか高級そうだ。店の見た目に似合わず金のあるやつ向けなのか。
「爺さん、刀ってないの?」
俺がそう聞くと、視界が暗転した。
視界が戻った時、刀を手に持っていた。
「メクサ、刀見せてみろ」
体が勝手に動き、左手で刀を渡す。
爺さんは刀を抜いて、じっくりと観察すると返してきた。
その顔には笑みが浮かんでおり、何やらうれし気だ。
「ちょっと待ってろ」
そう言って爺さんは裏に消えていく。
出てきた爺さんは手に2振りの刀を持っていた。
1つは白と金の派手な一対の翼の装飾を施された刀。もう1つは紫と赤の派手な二対の翼の装飾を施された刀。
「どっちかやるよ」
選択肢には白の刀、紫の刀、いらないの3択だった。
「いらない」
「本当か?」
「いらない」
もう一度問われ3択を同じ答えで返したとき、視界が暗転した。
もしかすると重要イベントかもしれないが、いらない物はいらない。
「そうか。ここにある刀は2つ以外だと、これだな」
心底残念そうな顔をして、椅子に派手な2つの刀を立て掛けると、いつの間にか持っていた刀を見せてきた。
その刀は初期武器よりも少しだけ長い打ち刀だった。
柄頭や鐺、鍔は鈍色で鞘も柄巻きも黒い、地味な打ち刀だ。
「これだ、これ欲しい!」
こういうのでいいんだよ。いや、これがいいんだ。
見た目は地味だが、俺には刺さった。
刀身が真っ赤とかだったら困るがそういう訳ではないと思う。
「これがいい? 見た目だって、刀身だって普通だぞ」
刀を抜いて見せてくるが、普通の刀身だ。
爺さんが偏屈そうなのは見た目だけらしく、派手な武器が好きな爺さんにしかもう見えない。
「それでいいんだ、爺さん。いくら?」
「銀貨10枚だ」
あれ、高くない?
地味だから安いって話じゃないの?
防具揃えても銀貨5枚くらいだった。確かに一揃いとなると10枚近い物もあったが、武器で刀一振りだ。両手剣とかよりも材料費が掛からないから安いはずだ。
「予算は銀貨5枚なんだけど」
「これでも安くしてるんだ、さすがに5枚じゃ売れない」
「どうして高い?」
「これはな、日頃からミスリルやらオリハルコンやら、アダマンタイトなんかを使ってる高名な鍛冶師が手慰みに鉄で作った刀だ」
周囲に俺と爺さんしかいないことを確認して話を聞く。
爺さん曰く、すごく良い物らしいが俺は高名な鍛冶師とか興味ない。
「確かに、その鍛冶師が銘を刻んでいるわけじゃないし、作業を見たのは俺だけだから価値は低いが良いものだと保証できる。だから銀貨10枚だ」
「手元に銀貨10枚ないけど、買いたい。それと少し見せてくれ」
「持ち逃げするなよ」
一応は信用されているのか、注意しながらも渡してくれる。
刀に触れると武器の性能が表示された。
『鐵刀:ファーストの鍛冶師によると高名な鍛冶師が手慰みに打った鉄製の刀。通常の刀よりも長くて分厚い ATK:+20 DUR:100/100』
少し重いが重心の位置も良くて振りやすい。それに性能が高い、耐久値なんて段違いだ。
「こういう地味なのがいいんだよ、爺さん」
「そうなのか? 防具がそんなのだから、在庫処分が出来ると思ってあの2振り出したんだぞ」
あれ、俺って変だったか?
確かに性能の良さそうな安い物を買った。だが変という事はなかったはずだ。
心配になってメニューから装備とステータスを開いた。
メニュー画面が左に移動して、中央に腕と足を広げた俺が出てくる。
顔には黒いスカーフ。胴はペアウルフの毛革を使った革鎧。腕には耳鉈ウサギの革鎧。手には耳鉈ウサギの手袋。腰はマッドボアの毛皮を使った革鎧。足はマッドボアのブーツだ。
「普通じゃないのか?」
「見た目だけで言えば、山賊だぞ」
山賊は白とか紫の刀を好む派手好きなのか?
それよりも、俺が購入できるかが重要だ。
「俺が買うまで誰にも購入させないでくれないか?」
「俺としてもそうしてやりたいが、そうだな。今から死ぬことなく、北の森にいるここらのボスを倒せたら銀貨5枚で売ってやろう。それまでは誰にも売らないし、倒せたらメクサが買うまで売らない。どうだ?」
メクサ君はこの町の孤児院出身のはず、死んだらどうなるんだろう。プレイヤーだから町の中心部とかで復活するだろうと思うが。
「死んだらどうなるんだ?」
「メクサの場合は死んでも復活するだろう。また増え始めた異界人と同じく神からの加護を得ているからな」
なるほど、そういう設定か。
元々いた設定の俺は神からの加護を得て、NPCとは違い復活できるようになったと。
NPCはPCを認識していたんだな。それも第1陣の時も覚えているみたいだ。人と変わらないな。
「そうか。その条件で受けたいんだが、どうやって俺が死ななかったことを確認するんだ?」
「ちょっと待ってろ」
刀を3振り持って裏に消えていった爺さん。
戻ってくるとその手には組合証の様な金属板を2つ持っていた。
色は白で角の丸い綺麗な長方形だ。
「こいつは装備している者が死んだとき、割れる仕組みになっている。2つで1組だ。片方が割れればもう片方も割れる」
「俺が装備せずに挑んで死んだら?」
「ハハハッ。組合証と一緒にかけてみろ」
組合証のチェーンを外して爺さんから金属板を1つ受け取り、チェーンに通した。
そのまま首にかけると白い板の色が鈍色に変わった。爺さんの手に持っていた方がだ。
「これでこいつはメクサ専用になった」
「? 装備が必要なんじゃないのか」
「登録が必要なんだ。不正されないように今、装備して登録してもらった」
「え? じゃあ、これは必要ないのか?」
「持っていれば、より詳細にメクサの状況が分かるだけで、持っていない時は生死だけが分かる、そういうものだ」
じゃあ、もう不正はできないわけか。
まあ、元々する気はなかった。
俺以外にそう言うのを持ちかけていた場合に、不正されるのを嫌っただけだ。
「わかった、爺さん。楽しみに待っててくれ」
俺は笑うのを抑えられなかった。
対策できることは全てして挑んでやる。
まずは、スキル熟練度を上げることだ。
その日、俺は22時55分まで北の平原で刀のスキル熟練度を上げ続けた。
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